第21話 日常 私の王子様編

 私は生まれつき体が弱かった。

 小さい頃から、少しのことで体調を崩したり熱を出したりする事が多かった。

 どうやら私は人よりも圧倒的に免疫が弱いらしい。


 先天的な持病も多かった。

 私はその病気のせいで幼稚園にも思うように通えず、おそらく平均しても3,4日に一度行っているかいないかくらいだろう。

 私は家族に人一倍の迷惑をかけている。

 申し訳なさでいっぱいだった。

 私が生まれなければ、なんて事を考える日も稀では無かった。


 そんな私に対して、家族だけは寛容に受け入れてくれて、私が一日中ベッドから動けない日でも看病をしてくれた。

 特に、おばあちゃんは私に一際優しくしてくれた。

 私が病院に短期入院しているときなんかは、ほぼ毎日病室までお見舞いに来てくれた。

 私はおばあちゃんが大好きだった。


 おばあちゃんはよく私に昔話をしてくれた。

 おばあちゃんもそこまでの年でもないため、私のために慣れないことをしてくれているのだろう。

 普通の人だったらすぐに飽きてしまうほど長いその話も、理由があればなんとなく心地良く感じられた。

 しかし、流石に一人で静かに落ち着きたい日もあった。

 そういうときは、私はおばあちゃんに当たってしまう。

 つい、興味無い、今そんな気分じゃない、なんて切り捨ててしまうのだ。

 悪い事をしているのは分かっていた。

 私はこんな自分の性格に死ぬほど嫌気がさしていた。



 これは今から約三ヶ月前の出来事だ。


 今回はもう既に入院して2週間ほどが経過していた。

 入院中、栄養管理が徹底された食事しか食べていなかった私は、間食のおやつなんてものが恋しくなっていた。

 しかし、流石に入院中スナック菓子のようなものは食べちゃダメだったので、私は唯一病院から許されていた蜜柑をおばあちゃんに持ってきてもらうことにした。

 私はおばあちゃんに、できるだけたくさん、なんて強調して言った。

 おばあちゃんはそんな私の急なわがままでさえも、文句を言わずに受け入れてくれた。


 私は徐々に体の調子が悪くなってきていた。

 以前もこれくらいの調子を繰り返しているときもあったが、それは一時的なものであった。

 しかし、今は違う。


 日に日に体が弱っていくのが、自分でも分かるくらいだった。

 そして、それは回復しない。

 大きな悪性の腫瘍が発見されたのも、この頃だった。

 小さな、人体に悪影響を及ぼさないような腫瘍があることは、以前から分かっていた。

 しかし、ここまで大きいものは未だかつて私は見たことがなかった。

 私はまだ体も小さい子供だったので、あまり大規模な手術をすることは体のためにも良いことではなかった。

 そのため、病院に短期入院して、薬や点滴で腫瘍の発達を抑制していた。

 そんなこんなで、私は日に日に元気を失っていった。


 おばあちゃんは、昼前に蜜柑を持ってお見舞いに来てくれた。

 革でできた高そうなバッグの中には、たくさんの蜜柑がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 おばあちゃんはその全てを私にくれた。

 私はその中から一番赤い1つを手に取って、切ったばかりの短い爪で不器用に皮を剥く。

 すると、おばあちゃんが突然私に話しかけた。


「ああ、あの子だよ、あの子」


 おばちゃんはベッドで横になっている私の左側に立って、窓から病院の駐車場を眺めていた。

 私はゆっくりとベッドから起き上がった。


「ほら、あそこに猫と戯れている少年が見えるでしょう? あの子が、さっき私に道案内をしてくれた子だよ」


 おばあちゃんは目を逸らすことなく、その少年を見つめていた。

 私はさっきおばあちゃんから蜜柑をもらうときに聞いた、先程の心優しき少年の話を思い出していた。

 その少年は、いかにも小学生というような半袖半ズボンを着ていた。

 私はその顔を見たことは無かったが、先入観もあるせいか、不思議とその少年の行動を観察しているとなんとなく落ち着く気がした。

 私はおばあちゃんが帰ってからも、猫と戯れ続ける彼をそっと見守っていた。



 私はそれからというもの、小学校が休みの日で病室にいるときは、窓から、彼が駐車場に来ていないかを必ず確認するようになった。

 本当に彼を観察するのは楽しい。

 なんというか、今の私には無いもの、純粋さと自由を限りなく感じられるのだ。

 こんな私も、いつかはあんな無邪気に何も考えずに遊んでいた時期もあって、これからの不安なんて全く無い、と楽観的に考えていた自由な時期もあっただろう。

 彼は、私に思い出させてくれる。

 まだ底の無い悪夢に苛まれてしまう前の夢の跡を。

 私は日を重ねるにつれて、そんな彼と話をしてみたいと思うようになってしまった。



 7月ももうすぐ終わるという頃、私はストレスも少なくなったために、少し体の状態が良くなってきていた。

 そのため、夏休みまでの1週間ちょっとは、病院ではなく自宅で過ごしても良いという許可を貰えた。

 もちろんその間、私は小学校に通うことができる。

 私は学校の友達には病気のことを隠しているので、変に心配されることもないだろう。


 根本的な原因が解決したわけでは無い。

 なんなら医師からは、これはもう手術で一部臓器ごと摘出するしか生きる道は無いだろう、なんて話を受けていた。

 悪化する体と、それに反比例して元気になっていく私。

 もはや私は元のようには戻れなくなっていた。


 今日もおばあちゃんは昼前に病院にお見舞いに来てくれた。

 おばあちゃんはまた窓から少年を見ながら、私にある提案をした。


「X、あなたあの子と話してみたい、って言ってたでしょう?」


 私はその言葉にドキリとした。

 おばあちゃんは窓の外を見ながら続けた。


「私はね、実はおじいちゃんとの出会いは交換日記だったのよ」


 おばあちゃんは、おじいちゃんとの馴れ初めを少し恥ずかしそうに話した後、また話を続けた。


「あなた、もう少ししたらまた学校に行くのよね。なら、これを機に、あの子と交換日記をしたらいいじゃない。あの子は確かあなたと同じ小学校だったはずよ」


 私は彼と話したい、というのは本音であった。

 しかし交換日記にはデメリットもある。

 流石に現実的に難しいと思い、おばあちゃんの提案を断ろうとした。


「交換日記なら、入院しているときでもできるし、変に会話で気を使うことも無いでしょう。もしあなたがする、っていうなら、私があの子の元まで届けてあげるから」


 おばあちゃんは私の懸念を払拭するように話し続けた。

 それは完璧な作戦であった。


 私は、あの自由な少年と、交換日記をすることを決意した。




 それから少しして、私はクラスの中でも特に仲の良かった女の子に、休んでいた分の勉強を教えてもらうことにした。

 彼女が私を自宅に招待してくれたので、私はそのお言葉に甘えてその子の家に行った。

 そして衝撃の事実が発覚した。


 なんと、その子は少年の姉だったのだ。

 交換日記の用意もできていなかった私は、とりあえず社会のノートの最新ページに少しのメッセージを書き、それを姉にバレないように少年の部屋へと隠し置いたのだった。

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