第22話 それぞれの決断 前編
姉とXが喧嘩をしてから約2週間が経過した。
夏休みも残り3日、という頃だ。
あれから姉とはXの話は全くしていない。
なぜあんなに仲の良かった姉とXが喧嘩をしたのか。
少しいじわるながらも素直な姉が、どうしてここまで頑なにXの話をしてくれないのか。
気になることは山ほどあった。
何より、姉とXにはずっと仲の良い友達でいてほしい。
たった一度の喧嘩で仲違いになってほしくない。
しかし、思い詰めた顔をした姉を見ると、その詳細を聞くのはもっと後でもいいとも思ってしまう。
家で見せるいつもの柔らかい笑顔にも、その裏にはXとのわだかまり、葛藤があると思うと、自然と姉とも気まずくなってしまう。
夏休みが明けてXに時間ができたら、姉とX、二人きりで一度ちゃんと話し合ってほしいな。
もう一度あの頃に戻りたいし。
『8月28日月曜日
夏休みももうあとのこり4日だね。
今日も、実は一日中家でごろごろしてたんだ。』
この2週間、Xとは普通に交換日記を続けていた。
未だに姉との喧嘩については訊けていないが、姉とは違ってそこまで大きく変わった様子もない。
あまり気にしていないのかな。
いや。
優しいXのことだから、俺に心配をかけないように強がっているんだろう。
友達同士の喧嘩に、その弟である俺を巻き込んでしまうのを避けようとしてくれているのだろう。
やはり、姉よりXの方がいつも少し大人だな。
コンコン。
ガチャッ。
「ちょっと話があるんだけど、いい?」
自室でXとの交換日記を読み返していた俺は、突然ノックとともに入室してきた姉に少し動揺しながら、その日記を隠した。
日記に対して後ろめたさは全く無いつもりだが、現在の状況を鑑みると、姉にXとの日記を見せるのは悪手だと思ったのだ。
「大事な話なの。冷静に真面目に聞いてほしい」
久しぶりの姉との対面。
姉の真剣な表情とただならぬ雰囲気を読み取って、俺は一度ゆっくりと深呼吸をした。
身体中に酸素が染み渡り、全身がスーっと涼しくなる。
さあ、なんでも来い!
「Xちゃんさ、学校辞めたんだって」
それはあまりに予想外すぎる導入だった。
俺は、
「私Xちゃんと喧嘩しちゃったの」
的な言葉を想像していたからだ。
Xが、学校を、辞めた?
学校を辞めたってなんなんだ。
学校って辞めれるのか?
頭の中がグルグルと混乱し始める。
しかし、姉は話を続けた。
「2周間くらい前、私がXちゃんの家に勉強しに行ったときあったじゃん。あのときさ、本当は、Xちゃんと喧嘩して途中で帰っちゃったんだよね」
姉とXが喧嘩をした、ということには気づいていた。
「あの日、Xちゃんは学校を辞めるって話をしてくれたの」
俺は、Xの、学校を辞めるという言葉の意味が全く理解できなかった。
「Xちゃんが学校辞める、とか意味の分からないことばかり言って、焦って、動揺して、私はなんて言うべきか分からなかった」
姉の頬を、一粒の涙が流れ落ちる。
「Xちゃんは勇気を出して他にも正直に言ってくれた。本人も怖いだろうに、友達として、私を信じて。私は、それを友達として、受け止めてあげたかったのに。大丈夫だよって、安心させたかったのに」
「でも、でも、できなかった。Xちゃんが離れていくのが怖くなった」
姉はこれ以上喋れなそうなほど泣き始めた。
俺はそんな姉を尻目に、自室から階段を駆け降りて急いで玄関へと向かう。
「ぢょっと、まだ話が、」
泣きじゃくる姉の声は俺の耳には全く入らなかった。
そして靴もしっかりと履けないまま、俺はXの家へと向かって雨空の中、走り出した。
真夏の雨であったが、それはとても冷たかった。
そんな突然の夕立は、俺の体温を少しずつ奪っていった。
俺がXの家の門に着く頃にはもう体中がびしょ濡れで、いつかの破れた日記を持って走った日のことを、自然と思い出す。
Xの家の門に着くと、俺はインターホンを連打した。
Xの家族への迷惑なんて考えられなかった。
そんなことはどうでも良かった。
俺の必死の連打に、ようやくインターホンが反応をする。
インターホン越しに返ってきた声は、Xの声ではなかった。
「もしもし、どちら様ですか?」
とても若くて綺麗な声をしていた。
おそらくXのおばあちゃんだろう。
久しぶりだ。感動の再会だ。
俺は焦った声で、Xはいますか、と尋ねた。
「Xなら、今外出しております。せっかく来ていただいたのにごめ……」
少しの雑音とともに、途中でおばあちゃんの声が不自然に途切れた。
インターホンの不調とかでもなさそうだった。
そのまま、沈黙の10秒が流れる。
ガチャッ。
日が沈み出して辺りが赤く染まり始める頃だった。
夕日の赤い光に照らされた玄関のドアが、突然生き返ったかのように動き出した。
中から人陰が現れる。
「ちょっと待って!」
懐かしいこの声。
蜜柑色に輝く少女が、急ぎながらもゆっくりと、ぎこちなく歩いてくる。
近づいて確信する。
この雰囲気、存在感、オーラ。
「久しぶりだね」
やはりXだ。
久しぶりに会う彼女は、かなり憔悴していた。
私が彼と喧嘩をしてから約2週間が経過した。
夏休みも残り3日、という頃だ。
あれから私は一度も彼とは会っていない。
この2週間、私はずっと彼とのこれからの人生について考え続けていた。
私の呪いと彼の望み。
それらは互いに背反で、決して同時には起こり得ない。
彼はずっと違う人に好意を寄せ続けている。
交換日記もしていたらしい。
日記を通して、仲はより親密になっていることだろう。
彼の望みはそんな彼の好きな人と、結ばれること。
そこに、私の居場所なんてないのだ。
彼の運命の人は私じゃない。
そんなこと、ずっと分かっていたはずなのに。
2週間、考え続けていたはずなのに。
つい呪いの末路を思い出して、怖くなってしまう。
私だって本当は運命を信じたかった。
普通の人生が歩みたかった。
誰かを、信じてみたかった。
いつか、本当の運命の人に出会えると信じて。
とりあえず私は、次を頑張るよ。
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