第20話 静かな乖離

 姉がひどい顔をして、息を切らせて帰ってきた。

 姉は、赤く腫れた目を俺に見せないように、白い手で自分の顔を隠しながら自室へと足早に入っていく。

 俺はそんな様子のおかしい姉を見て、姉とXが喧嘩したことを確信した。

 落ち着いたら少し話をしてみるか。

 俺は少しYのことも気にかけながら、そう考えたのだった。


 俺は自室に戻って改めてXに日記を書くことにした。

 部屋に入ると、静かな部屋の中で一冊のノートが開いたまま裏返って床に落ちていた。

 薄暗く黄色い光を反射していた。

 俺はその日記を手に取って、カーテンを開けてから机の上に置いた。

 俺はなんとなく寂しい気持ちになった。


 俺は椅子に腰を落として、鉛筆を探しながら日記に書く内容を考える。

 とりあえず、Xの方にも姉との喧嘩について探りを入れてみるか。

 二人には早いうちに仲直りして欲しいからな。

 あと、Yのことも少し相談したいな。

 俺の一番の女友達として、YのことはXに相談するのが賢明だろう。

 あとは。

 そういえば、Xは月末誕生日だったな。

 欲しいものについてもさりげなく聞いてみるか。


 俺は結局、Xと久しぶりに会って直接話をしたい、というお願いを書くことにした。

 話したいことが多すぎて、とても日記に全てを書ききれないと思ったからだ。

 相談事もあるから、交換日記だとあまりに効率が悪い。

 急なお願いであったが、できるなら明日が良い、と伝えた。

 俺はもうXと会えるものだと思って、少し心躍らせながらXの家のポストへと急いだ。



 次の日、Xが俺と話すためにうちに来てくれるかもしれないと思った俺は、夏休みにしては早いくらいの時間に早起きをした。

 俺が起きて朝ごはんを食べようと一階のダイニングへ行くと、姉はいつもの席に座って黙々とお米を口に運んでいた。

 その様子はいつもとなんら変わりは無かった。

 俺は姉に話しかけた。


「昨日のことなんだけどさ。姉ちゃん、Xとなんかあったの?」


 俺はできるだけ軽い感じで訊こうとしたが、俺たちの他に音が無いせいか、少し重い空気になってしまった。

 姉は先ほどまで休まず動かしていた手を止める。

 少しの間、姉は茶碗にあと半分ほど残っている真っ白なお米とにらめっこしたのち、俺の方を見ずに口を開いた。


「なんもない」


 姉はそう一言だけ言って、また残りのお米を頬張り始めた。

 やっぱり喧嘩したのか。

 俺は二人を仲直りさせようにも、状況が分からず結局なんの案も思い浮かばなかった。



 昼過ぎ、Xから日記で返信が帰ってきた。

 俺が日記を楽しみにうきうきと秘密のポストを開けると、俺の視界はとある見覚えのあるリュックでいっぱいになる。

 それは姉のお気に入りの黒いリュックであった。

 姉はいつも遊びに行くときはお気に入りのそのリュックを持っていく。

 昨日姉がXの家に行ったときも持っていってたはずだ。

 しかし、昨日泣きながら走って帰ってきた姉は何も持たず背負わずだった。

 このリュックはつまりそういうことなんだろう。


 俺はそんなリュックをポストから取り出して優しく勝手口の内側に置くと、もう一度ポストの中をじっくり覗き込んだ。

 そこには探すまでもなく、目的の日記がただ寂しげに取り残されていた。

 俺は姉の部屋にリュックを届けたあと、ノートを持って自室に戻った。


 俺はその返事に少しドキドキしながらノートを開いた。

 しかし、本心では断られる可能性なんて少しも考慮していなかった。

 Xなら何でもしてくれるだろう、なんてXに甘えきっていたからだ。

 俺は8月14日の日記を見て、予想外の返事に驚くことになる。

 日記には、こう書いてあった。


『8月14日月曜日

 ポストにリュックが入ってたと思うけど、あれ君のお姉ちゃんの忘れ物だから渡しといてね。

 本題に入るね。

 少し申しわけないけれど、明日会うことはできません。

 理由は言えないんだけど、ちょっとこれから忙しくなるの。

 多分夏休み中はもう会って話せないかも。

 ごめんね。

 本当は、私も会って直接話をしたいんだけどね。

 その代わり、日記でならなんでも答えるよ!

 夏休みももう折り返しだし、最期はもっと楽しまないとね。

 ちなみに私は今日の夜おばあちゃんと花火をしたよ。』


 文章の下にはXの昨日の思い出が事細かに、いかにも楽しげに続いていた。

 俺はちょっとばかり返事にがっかりしながら、もう一度その内容を読み返した。

 しかし、結局姉とXの喧嘩についての情報は何も掴めなかった。

 Yのことの相談とか姉とXの喧嘩については姉とまた詳しく話をすることにしよう。

 俺は夏休みが明けてXと会うのがより一層楽しみになった。





 私は暗い部屋の中で一人、膝を抱えてそこに頭を落として床に座っている。


 私は今、昨日Xちゃんの話を詳しく聞かずに走って逃げてきてしまったことを強く後悔している。

 もしあのあとXちゃんの事情を詳しく訊いていたら。

 もしXちゃんを学校に戻ってくるように説得していたら。

 やり場のないもどかしさが私の呼吸を乱れさせる。

 今更焦ったって後悔したってもうXちゃんは取り合ってくれないだろう。

 Xちゃんが学校に来ないのであれば、私はもうXちゃんと会うこともない。

 私はXちゃんのことは今でも尊敬しているし、もちろん大好きだ。

 でも、誰だっていつかはお別れをしないといけない時がくるだろう。


 ならば、もう、Xちゃんは私の記憶の中の理想の人として、思い出にしてしまおうか。

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