第14話 二つの偶然
夏休みが始まって、もう一週間が経過しようとしていた。
この一週間、Xに関して色んなことがあった。
誕生日プレゼントを貰ったり、雨の中日記を持って走ったり、日記を破ってしまってXに嫌われたんじゃないかと焦ったり、三人で楽しくゲームパーティをしたり。
夏休みに入ってから、俺は瞬く間にXと親睦を深めた。お互いのことも、毎日の交換日記を介してより詳しくなった。
しかし、俺はまだ少しXについて気になる点があった。
それは。
Xと俺が初めて会ったとき、何が目的で俺の部屋に入ってわざわざノートとあんな言葉を残していったのか。
そしてなぜ俺なんかと交換日記をしようと思ったのか。
姉とXはとても仲が良い。ならば交換日記は普通姉とXでやるべきではないのか?
俺は一度Xにその理由について聞いたことがあった。
そのときは俺が友達の弟だったから興味があった、なんて言っていたが、しかしそれでも交換日記は普通姉とするだろう。
俺は日記で再度Xに聞いてみることにした。
俺は今日届いた交換日記に今のこの疑問を、思考の経緯が分かりやすいように、嫌味なく詳しく書き記す。
俺がXと交換日記をしたくないからこんなことを書いてるなんて勘違いをされたら嫌だったからな。
次の日、朝早くからXの家に日記を届けた俺は、日記の返信を今か今かと待ち侘びていた。
そして八月九日、ついにXから返信の日記が返ってきた。
あの話についての内容はたった四行だけだった。
『本当は初めて会ったときに言おうと思ってたんだけど、実はうちのおばあちゃんが少し前に君に助けられたことがあるんだって。
だから私は最初から君のことを知っていて、おばあちゃんの分のお礼のついでに少し話をしてみようって思ったの。』
なんか嘘くさい。
正直な話、俺はそんな漫画みたいな話があるのか、なんて思ってあまり信じなかった。
しかし、言われてみれば確かに少し前に知らないおばあちゃんを助けたようなことはあった。
Xの言葉の真偽は不確かであったが、俺はその時のことを思い出してみることにした。
* * *
少し過去の話をしよう。
あれは今から約三ヶ月ほど前、季節はまだ春だった。
俺はその日、友達の家に遊びに行っていた。
基本的に俺の家からだったら、誰の家でも徒歩で少なくとも二十分はかかる。
特に、その友達の家は早足で行っても三十分かかるくらいには遠かった。
なので、俺は昨日発見したばかりのお気に入りのショートカットコースを通ることにした。
病院の駐車場を横切っていくコースだ。
短縮できる時間はおそらく二、三分ほどだろう。
しかし、この視界に収まるほどの短いショートカットは、通った者にしか分からない圧倒的優越感を与えてくれる。
俺は通常の道とショートカットコースの分岐点に差し掛かろうとしていた。
病院まではあと二百メートルほどだろうか。
ここらには田舎にしては珍しい大きなショッピングモールやスーパーが立ち並んでいるので、病院はその死角に存在していてここからではまだ視認できない。
病院はもっと建物の少ない場所に作るべきだと思うが。
俺は国道沿いの歩道を歩いていた。
数メートル先には例の分岐点がある。
そんなほぼ誰も通らないであろう小道の側に、革でできた高そうなバッグを持っているおばあちゃんが、呆然と立ち尽くしていた。
おばあちゃんというべきかお母さんというべきかよくわからない容貌をしていた。
年齢不詳ということではない。おそらくまだ五十歳くらいだろう。
背筋もまだ真っ直ぐで、髪も白い毛の一本もない綺麗な黒髪だった。
しかし、雰囲気だけは完全に孫もいそうな優しいおばあちゃんのそれだったのだ。
俺はそんなおばあちゃんの横をなんとなく恐る恐る通り過ぎようとした。
すると、おばあちゃんはお淑やかに俺に話しかけてきた。
「すみません、病院の場所を知りませんか」
俺は驚いた。
前述したようにこのおばあちゃんはすごく若い見た目をしているのだが、声が、その見た目の若さをまたさらに上回る、まるで上流の清水かのような透き通った若い声をしていたのだ。
もはやこの人少し老けた大学生なんじゃないかと疑うほどだった。
また、おばあちゃんはとても品のある話し方をしていた。
こんなまだちびころの俺にも敬語で話しかけてくれる。
人を見た目で判断しない、ニュートラルな人なのだろう。
俺は特に悪い気はしなかったので、一緒にショートカットコースを通ることにした。
人気のない静かな小道に、二人の楽しそうな話し声だけが小さく響く。
通りすがりの人から見れば、いかにも微笑ましい祖母と孫の会話に見えるだろう。実際は初対面なのだが。
俺はおばあちゃんの歩く速さに合わせながら、病院までの約五分間、いろんな話を聞いた。
おばあちゃんは今から家族のお見舞いに行く予定らしい。
特にその人の話は聞かなかったが、おそらくおばあちゃんの親とかだろう。
こんなに若々しいおばあちゃんなんだから、両親もまだ御存命に違いない。
その差し入れとして持ってきていたであろう蜜柑のうちから、おばあちゃんは二つだけ俺に優しく手渡した。
俺の分と今から俺が遊びに行く友達の分の二人分らしい。
俺が無邪気に嬉しそうな顔をしていると、「これは友達の家に着いてから二人で仲良く食べるんですよ」と微笑みながら優しく釘を刺してきた。
おばあちゃんは俺をまるで本当の孫かのように可愛がってくれた。
俺は病院の駐車場でおばあちゃんと別れた。
おばあちゃんは、俺に一緒にお見舞いに来ないか、なんて提案をしてくれたが、俺はなんとなく邪魔者になりそうな気がしたので流石に遠慮しておいた。
お見舞いは家族水入らずで行うべきだろう。
駐車場を通り抜けようとしたとき、何やら可愛いらしい生物の視線を感じた。
いつもはその視線は一つなんだが、今日は違った。
今日は二匹も猫様がいるらしい。
俺は両ポケットに二つの蜜柑を隠し、少しの間猫様と戯れる。
片方のいつものおばあちゃん猫が、もう片方の孫猫に俺を紹介しているかのようだった。
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