第10話 雨の日の亀裂
丸一日が経過した。
交換日記は昼くらいまでにポストに入れるという約束だったのだが、昼までだったらその日の出来事全然書けなくないか、ということに今更ながら気がついた。
なので、俺はしおりが挟まっていたところの右のページに、昨日の誕生日プレゼントとか夜のパーティーのことを書くことにした。
できるだけ詳しく、とのことだったのでXからプレゼントをもらったときの気持ちだとか、パーティの雰囲気なんかを事細かに書き綴った。
なんとなく顔を赤らめて微笑むXが脳裏に浮かんだ。
ちなみに家族と姉からのプレゼントは、新しいゲームカセットと文房具だった。
昼になったので俺はXの家へ日記を出しに行く。
玄関から家の外に出る。
なんとなく周囲が暗い気がする。
あれ、もしかしてもう夜になったのか?
数歩進んで上を見上げると、そこには頭が痛くなるほどの曇天が広がっていた。
いまにも雨を降り落としてきそうな雨雲だったが、Xの家は走れば五分もかからないので、俺は傘を持たずに家を出た。
俺はのちにこのことを後悔することになる。
徐々に雲行きが怪しくなる。
そして、ふと体に冷たい雫が落ちてきた気がした。
雨粒だろうか、なんて思って両手を広げてみる。
身体中の感覚を研ぎ澄ます。
手には黄色いノートを持っている。
失態は許されない。
やはり、雨が降り始めていた。
気づいた頃にはもう遅かった。
一滴、また一滴と雨は徐々に力を強め、数秒後にはバケツをひっくり返したかのような重い雨が降った。
俺はお腹に日記を抱き抱えるようにして、背中を丸めてXの家へと急いだ。
運が悪かった。
どれだけ日記を守ろうとしても、その紙に水が染みていくのを免れなかった。
Xの家へと辿り着く頃には、ノートはもうびしょ濡れだった。
しかし、幸いにも雨が止んできていたので、俺はポケットから雨水で湿ったハンカチを取り出して、できるだけ水を吐くように強く絞る。
結局どれだけ絞っても湿り気は無くならなかったのだが、しないよりはいいだろう、と思って俺はそのハンカチでノートの表紙を拭き取ろうとした。
善意だった。
決して悪気はなかったのだ。
強く拭けばよりハンカチが水を吸えるだろう、なんて甘い考えで力一杯ノートに力を加える。
ノートの表紙はしっかりと水を吸って防御力を落としていた。
力を加えて抑えた腕が、ぐしゃっ、という音ともにするりと滑る。
日記の表紙の上の方が、ノートの三分の一ほどまで破れてしまったのだ。
これは誤魔化せない。
俺は叱責を受けるのを覚悟した。
俺はまるで言い訳をするかのように、ポストの中に破れたノートとハンカチを入れた。
Xなら、察してくれるだろうと思った。
* * *
翌日、俺は緊張した面持ちで自室の窓から玄関のポストを眺めていた。
Xなら昼までには来るだろうと思ったからだ。
そこで俺はXに謝ろうと思った。
悪気がなかったとはいえ、悪いことは悪いことだ。
正直に話して反省すれば、Xも許してくれるだろう。
しかし、夕方まで待っても玄関にXが来ることはなかった。
俺はXとの間に亀裂が入ってしまったことを、強く意識した。
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