第11話 曇りの日の空回り

俺は夜になっても三十分に一回ほどポストを確認しに行った。

もしかしたら忘れてるだけかも知れない。

もしかしたら夜には届けてくれるかも知れない。

そんな俺の希望を打ち砕くように、玄関のポストの中にはただ生暖かい湿った空気が充満しているだけだった。

次の日、さすがに俺はXの家に直接謝罪へ行くことを決心した。



俺のXに対するイメージは真面目そのものであった。

勉強にしても、ゲームにしても、対人関係にしても真面目で、そのどれにおいても模範的な行動をしていた。

そんなXが、締め切りからほぼ一日経っても姿を現さない。


おそらく俺と会いたくないのだろう。

人の愛読書の表紙を勝手に破るようなやつとは、誰だって交換日記なんかしたくないはずだ。

もしかしたらXはもう俺を許してくれないかもしれない。それでも、俺には謝罪の義務がある。

しっかり話し合って面と向かって謝ろう。

俺は猛省した。



    *    *    *



まだ時計の短針が西の方角を指している頃に家を出た。この時間ならまだXも外出してないだろうと思ったからだ。


俺は物憂げに玄関から外へ出ると、まずすぐに空を見上げた。

今日も灰色にまみれた暗い曇天であった。

自然と二日前の出来事を思い出してしまう。

俺は頭をぶるぶると大きく振って、一度深呼吸をしてから玄関をあとにした。


途中、道端で綺麗な黄色い小さな花を見つけた。

十円玉ほどのサイズの小さな花を咲かせていて、控えめな白い花弁はまるでXを彷彿とさせるような見た目をしている。

これだ。

これをお詫びの品としてXに献上しよう。

道草を食ってる場合ではないが、道草は必要だ。


俺は歩きながら謝罪の方法に頭を悩ませていた。

優しいXなら、とりあえず話は聞いてくれるだろう。人を見た目で判断しないXは、おそらく僕の醜い言い訳でも聞いてはくれるはずだ。

しかし、そこからどうするか。

謝罪したからといって許されるとは限らない。

今更俺がどんなに綺麗な言葉を並べたとしても、Xにとっては嘘だとか誇張だとかにしか思えないだろう。


結局何も名案が思い浮かばないうちに、見知った門に着いてしまった。

インターホンを押す。

ピンポン、と鳴る。

そして、インターホン越しに声が流れてくる。


「もしもし、どちら様ですか?」


Xの声ではなかった。

しかしなんとなく聞いたことがあるような声で、まだ若さの残る透き通った美しい声をしていた。

Xの家族構成は知らないが、おそらくXの姉か母だろう。


余談だが、実はXもすごく綺麗な声をしている。

まるで小川のせせらぎのような、鳥のさえずりのような、そんな儚くて美しい声だ。

しかし、Xと話す機会が極端に少なかった俺は、今まで特にそのことを意識したことはなかった。

インターホン越しでこの姉か母かの声を聞いた俺は、Xの綺麗な声は遺伝だということに俺は絶対的な確信を得るのだった。


俺は自分の名前を名乗ったあと「Xはいますか」と尋ねてみる。

少ししてインターホンから声が返ってきた。


「Xなら今外出しております」


おかしいな。Xが外出していないであろう時間を狙ったんだがな。

外出しているなら仕方ない。次の質問をしよう。

またインターホンから返事が返ってくる。


「今日のうちはもう戻らないと思います。せっかく来て頂いたのにごめんなさい」


俺はその言葉に違和感を覚えた。

今日一日外出しているなら、もとから今日は交換日記できなかったんじゃないのか?

もしかしてXはその用事のせいで日記を渡しに来なかったんじゃないのか?

少し考えてみたが、どれもまだ確定しない。


しばらく黙りこんで考えていると、Xの姉か母かが話しかけてきた。


「あなたはXのお友達ですか?」

「はい」

「……Xが迷惑を掛けることがあるかもしれないけど、どうか仲良くしてあげてくださいね。悪い子じゃないですから」


昔ばあちゃんが聴かせてくれた子守唄かのような、優しい声音だった。

そうだ。Xは悪い人じゃないんだ。

とても温厚で、我慢強くて、他人思いで、謝罪をしても許さない、なんてことはしない。

日記をくれなかったのは、おそらく予想外の出来事があったからだろう。

突然の用事ができたとかでうっかり連絡もうっかり忘れていたんだろう。

そう思い至った俺は、そのままXの家をあとにした。



俺はXからの日記を気長に待とう、と特に何もせずに家へと帰った。

この時間の外出は親に許可されていなかったので、俺は勝手口から家の中へと入る。

そして、鍵を取り出そうと秘密のポストへと手を入れた。


何やら指先の感覚に違和感を覚える。

何か、ある。明らかに鍵の形状ではないものが。


ポストの中には、Xからの日記と乾いた布が入っていた。

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