第4話 大きな物語、小さな物語

 父さんと母さんが亡くなっても世界は変わらない。日常は続く。そして物語もまたそうだ。葬儀や手続きが終わって久方ぶりに学園にやってきた。だけど誰も俺に注目も何もしなかった。こういう時はお悔やみの言葉くらい言ってくるものではないだろうか?いや。それはない。だってここは飛鳥馬の世界だ。モブキャラに不幸があったからって何かキャラクターたちが反応することなんてない。


「やあ久しぶりだね」


「…ああ。そうだな」


 飛鳥馬が話しかけてきた。瞬間的に全身に血が巡ったのを感じた。視界が真っ赤に染まる。この男が父さんを殺した。なのに今平気な顔で俺に話しかけている。飛鳥馬は自分が殺した男に俺という息子がいるということさえ知らないのだろう。自分が殺した人間もまた小さな物語にちじょうを生きていた只人だったことを。知ろうともしない。


「元気ないね。何かあったら相談してよ。これでも結構頼りがいはあるつもり。友達だろ」


「…ああ。そうだな。そうだよな」


 ああ。そうだ。お前はそういうやつだ。誰も彼もが頼りにする主人公様。俺もまたなにかあればきっと彼に助けられてしまうのだろう。ああ、抗えない。俺にそんな力はない。ないんだ。なんでないんだよ…。






 屋上で一人ぼーっと空を見上げていた。そこへロナミがやってきた。ピンク色の髪の毛が風で広がる。まるで一枚絵のスチルみたいなエモい光景。なおスカートも少しちらちら捲れてるけど、パンツは見えない。ロナミのちびキャラのイラストが地上波アニメのお色気シーンの如く規制をかけている。


「おい。ふざけてんのかお前?」


「…違うの。あたしはあなたが心配で」


 ロナミは俺の隣に座る。そして俺に手を伸ばす。だけど。


「え?なによこれ?!」


 ロナミの手が俺の頬に触れそうになった瞬間、ロナミのディフォルメキャラのイラストがその手を防いだのだ。


「さすがヒロイン様。オタクの怨念は怖いよぉ。主人公以外の雄との接点は作品人気を大きく下げるからね。逆張り非処女ヒロイン物を編集部がプッシュしても売れないのが証明しているようにね。ああ、だからあの時飛鳥馬が間に合っちゃったのか。お前にヴァージンでいてもらわなきゃ困るからな」


「そんなくだらない理由なの?!おじさまが死んだのはそんな理由だっていうの?!」


「死んだんじゃなくて殺されたんだろ。言葉を捻じ曲げんなよ」


 本当にしょうもない世界だ。ただのモブの俺には名前さえない。家族が殺されても因果応報も起きない。ざまぁああああああああああああ!!!なんて愉しい感情は俺には無縁だ。


「ねぇあたしにできることない?なんでもいいの償わせて!」


「ヒロインにできることなんてねぇよ」


「なんでもするよ!うそじゃないの!この体って好きにしていいから!」


「自分に価値があるって信じられる人間はいいね。でもその価値を享受できるのはもぶじゃない。飛鳥馬主人公だよ」


 だけどロナミは俺の警告を聞かずにスカートをたくし上げる。なんかすごい勢いで湯気が湧き始める。さらには眩しい光も差し出す。矛盾極まりないけど黒い影まで浮かび上がった。


「はは。何よこれ…。意味わかんないよぅ」


 ロナミはその場にぺたんと座り込んでしまう。


「ヒロインはヒロインらしくしてろ。シナリオから逸脱するな。物語は絶対なんだからな」


 俺は屋上がから去る。背中から聞こえる泣き声を無視して。
















 街をぶらぶらと歩いていた。もう終電を過ぎた時間なのに制服姿の俺を咎めるものなんていない。青少年を保護する条例なんて冷めたものはこの世界にはない。俺はアルコールをバリバリ決めながらフラフラと歩く。キャッチの兄さんたちは夜のお店に俺を引き込もうとする。悪くはないけど、この世界のお店の女の子はきっとヒロインみたいには可愛くないだろう。はいはい処女厨処女厨。


「あんた。酔ってる?もうやめて。家に帰ろうよ」

 

 後ろからロナミの声が聞こえた。さっきからずっとロナミが俺の後ろをついてきていた。


「心配なの。できることならなんでもするからぁ。ねぇ帰ろう」


「なんでもする?」


「うん!なんでもするから!」


「じゃあ風邪薬買ってきてよ」


「風邪ひいたのね!わかった!買ってくる」


 そしてロナミは近くのドラックストアから風邪薬を買ってきた。俺はそれを一気に酒と共に飲み干す。


「一錠でもダイジョブな奴だよ」


 ヒロイン様ってやつは本当に世間知らずですねぇ。


「ちげえよばーあかぁ。ひひ!あぁきくうぅう!」


 俺はその場にごろんと寝ころぶ。思い出がフラッシュバックでグラグラ揺れる。脳の裏側がきゅぅっとするような痺れが心地よい。


「ねぇ起きて!ねぇってば!」


 ロナミが俺の傍で必死に呼びかける。だけどその手が俺に触れることはない。ちびキャラのイラストバリアーが俺たちの間にいて触れ合うことを拒むのだ。


「いやぁこういうのよくないよね。今どき配信でみんな見てるわけじゃないか。なのにお色気シーンだと変な規制をかけるわけでさ。そのくせ海外ドラマの乳首はセーフ。ダブスタ極まれりだね」


 視界の端に黒人の男が見えた。その顔立ちはとても美しい。その男は俺とロナミの間にあったちびキャラのイラストをつまむと、俺とロナミの間から引き剥がした・・・・・・。そしてロナミの手が俺の頬に触れる。彼女は俺の頭を抱きしめてひたすら俺に呼びかける。


「こういうのでパンツ隠す思想っていうのは言うならば人間が物語に支配されるというアイディアに基づくものなのだろうね。まあ間違いではない。人は物語を欲している。物語に支配されたがっている。小さな物語ではアイデンティティを満たせないからね」


「あんたいったいなんだ?」


 気がつけば周りの世界がすべて止まっていた。ロナミも周りを歩いていた人々も、空を飛ぶ鳩も、地を這うネズミもみんな止まっている。


「やあアドニスの裔。私はそうだな。真の名は感想欄の皆さんの楽しみにとっておこうと思う。だから仮にこう名乗らせてもらおうかな。私は『物語の王』」


「あの魔女の仲間か何かか?」


「似たようなものだ。利害の一部も一致している。最終的な目的だけは一致しないがね。ああ、いっとくけど嘘ではないよ。そこらへんは私を信じて欲しいんだ」


「誰に向かって喋ってるんだよ」


「さて誰に向かってかな。くくく」


 物語の王とやらは楽し気に笑っている。w9おいさygふぉあのヴぁそj。←ラりってるらりってる( ´艸`)


 失礼!ここからは私、物語の王が語らせてもらうよ。世界の皆様方・・・・・・。私がここに来たのは彼に力を与えるためだ。そして同時に私を皆様の世界を憂いているのだ。聞いたことはないかね?小さな物語。そして大きな物語という言葉を。いま君たちの世界は大変なことになっているそうじゃないか。だから一つ試したいと思ってね。大きな物語と小さな物語。果たしてどっちが強いのか。どちらに世界は身を委ねるべきなのか?


「そこらへんでやめにしてもらえるかしら。「物語の王」」


「やあ。魃の魔女。君も来たか」


「お前らさっきから誰と喋ってんだよ」


 ×の魔女は私を睨んでいる。ついでに君たちのことも睨んでいるよ。×の魔女は君たちを軽蔑している。バツの魔女は真面目だからね。ざまぁとかハーレムとか大嫌いなんだ。


「私は必ずしもそういうものを許容しないわけではない」


「嘘つけ。どうせ男側の需要は否定する癖に自分はスパダリ溺愛で幼稚な性欲を満たそうとしてるんだろう?くだらないくだらない。どちらも尊い物語の要素じゃないか」


「だからお前ら誰と喋ってるんだよ」


「さてそろそろアドニスの裔も混乱してるし皆様方も混乱してるし、話を進めよう。アドニスの裔。君に力を与える。はいどーん!」


 なんかすごく君の想像するすげぇエモい風景がアドニスをフラッシュバックしてかっこいいポーズで力をゲットしたぞ!


「適当すぎない?」


「いいんだよ。こういうのは枝葉末節だからね。さてアドニスの裔。君にはこの世界で抗ってもらうよ」


「抗う?なににだよ」


「物語にさ。最近大人気じゃないか!架空のゲーム世界とか漫画世界とかでチート使って俺ツええええ!ってやつ!原作知識で先回り!役立たずの主人公をざまぁだ!」


「それやって何の意味があるんだよ。もう俺の欲しかった物語にちじょうは返ってこないのに」


「その通りだね。マンガを読み返すものはいない。ゲームが巻き戻ることはない。アニメだって見返すことはしない。物語の消費は一度きりだ。君のお父さんもお母さんももう帰ってこない。だけどこの先を選択することは出来る」


「小さな物語と大きな物語。アドニスの裔。私はあなたには小さな物語を選んで欲しい。愛する人々と穏やかに過ごす未来。それは大きな物語に抗える唯一の力」


「だがね。小さな物語は人から個性を奪う。あなた方の世界が典型的ではないかな?大きな物語を失って、77,8年くらいか?あるいは36年くらい?大きな物語を失って世界はどうなった?男たちは戦わず、女たちは産まず、世界は朽ちていく一方ではないか」


「いずれは克服するわ。個人の幸せはきっと世界をも包み込む」


「いいや世界がしっかりしているからこそ個人が輝くのだ」


「「ああ、私たちは相いれない」」


「勝手にはもるな。何がしたいんだよ」


「私たちは世界の救済を臨んでいるのだ。だが方法論が違う。だから君に試してもらおうと思ってねアドニスの裔。君には種付けの力を与えた。君のお父さんと同じヒロインをわからせる力だ」


「アドニスの裔。あなたはヒロインたちを物語から解放し幸せにしてあげる。そして回帰して小さな物語へ」


「そう。ヒロインたちを手に入れてより大きな物語を紡ぐのだ。世界の指針たるよう物語をね」


「お前らの言ってることがめちゃくちゃすぎるんだが」


 さて私たちの出番は終わりだ。あとはお楽しみシーンだよ。ではまた皆様いつかお会いしましょう。ばい!








 目を開けると目の前にロナミの顔があった。彼女はぽろぽろ泣いていた。


「心配させないでよ…!」


「うん。ごめん。自棄になってたよ」


 頭の後ろに柔らかな感触を覚えた。どうやら膝枕されているらしい。というかここ。内装から見るにラブホテルっぽい。


「なんでこんなところにいるの?」


「わかんないけど…きがついたらここに。でもあなたも倒れてるしちょうどいいかなって」


「そこ不思議に思おうぜ」


 この様子だとあの物語の王と魃の魔女が俺たちをここに運んできたんだろうな。俺は立ち上がって部屋のドアに向かう。ノブを回しても開かなかった。


『こちらの部屋はせっくすしないとでれませーん!』


 べたが過ぎるよ。がちっぽいな。


「なあロナミ。何でもするって言ったよな」


「うん。なんでもする!償うためなら!」


「じゃあ。あの日父さんとしようとしたことを俺としようか」


「え?ええ?!」


 ロナミはたじろぐが俺は彼女を抱き寄せて深くキスをする。そのままベットに押し倒して。


「わからせてやるよ。もうお前はヒロインじゃないってことをな」


「うん!悪い子のあたしをいっぱいわからせて!!」


 そして俺たちはめちゃくちゃセックスした。









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エロゲーとかエロ漫画の顔が上半分くらいが影で隠れているNTR種付けおじさんの正妻の息子に生まれたけど、やたらと前髪の長くて両目が隠れてる主人公に親友認定されてしまったんだが… 園業公起 @muteki_succubus

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