最終話 祠のある林
目を覚ますと僕は林にいた。
「かっこよかったよ。」
隣に座っていた蛇女は言った。
「祭りは?」
「終わったよ。」
「そっか。」
僕は自分のしたことを一つづつ思い出した。これは学校で怒られるな。喧嘩しちゃったし。髪の毛のことはお母さんになんて言おう。山田の女の子にとっては迷惑だったかな。また明日からいじめられるネタをつくってしまった。
色々な思いがぐるぐるしていると、蛇女に優しく抱擁されもう一度言われた。
「かっこよかったよ。」
その言葉だけで僕は満足だったのかもしれない。僕は抱擁されながら膝を立て、蛇女の上に馬乗りになった。「これでやっと男になれたかな。」
蛇女は満足そうにうっとりとした顔になった。一つ一つのパーツを確かめるように顔を指でなぞると接吻した。唇は、陳腐な言い方をすると甘酸っぱい味がしたように思える。僕は蛇女の舌の凹凸を味わいながらゆっくりと舌を絡めた。ディープキスという言葉を知っていた訳では無いし、見たこともなかったが、遺伝子に組み込まれている本能のようにそうしてしまった。それに呼応するように蛇女は僕を受け入れた。全身から力がみなぎる。僕は自分が獣になった気がした。
蛇女の着ている赤い着物の褄先のあたりを掴むと一気に上に引き上げた。真っ白な太ももから薄く毛がかかった桃のようなところまで露わになった姿を見て、僕は一層自分を抑えられなくなった。頭の奥がジンジンするし、今すぐ蛇女を殴りつけたいような感情に襲われた。僕も履いているものを下にずらして、鉄の楔をあてがった。
「ちょっと、待って。」
蛇女は自信が無いような声を出したが僕は無視した。僕は力の限り楔を打ち込んだ。まるで僕の証を残すように。打ち込まれるたびに、蛇女は上ずったような声を出す。次第にその声は雄叫びのような太い声に変わっていった。
うぐっという声を出すと僕も蛇女も共に果てた。お互いの耳の後ろでお互いの吐息が交差した。しばらく何も言葉は交わさなかった。
「これで本当に男ね。」
先に沈黙を破ったのは蛇女の方だった。僕は何も答えなかった。真っ暗な林の中で、白く輝く太ももと赤い着物。この時間が終わらず、ずっと続いてくれれば良い。そう思いながら渇いた口を潤すように接吻すると両耳を塞がれた。僕の頭の中はぐちゃぐちゃになった。
「おーい!」
その時、聞き覚えのある声がした。お父さんだ!そう言うと思い蛇女の方を見るとそこにはもう居なかった。栗の花の匂いが虚しく一面に広がっているだけだった。
「おーい!」
再びその声が響くと、ざざっと草むらを分けて近づく音がした。僕は急いでズボンを上げて、何事もなかったようにその足音の方に近づいていった。
「なんちゅうところにいるがいね。」
父親は僕を見つけるとホッとしたように笑った。
「山田のとこの子、助けてあげたらしいがいね。ようやった。さすが我が倅じゃ。」
そう言うと僕の髪の毛を見て息を飲んだ。「おめ、髪どうした。」
「もう切るよ。髪の毛は。」
僕はそう言うとお父さんをその場に残して歩きだした。
祭りは終わった。
*
それからしばらく、僕は毎年祭りに行き、毎日のように林に足を運んだがついに蛇女とも虹色の蛇とも出会うことはなかった。年齢を重ねるたびにあの出来事を思い出すことは減っていき、祭りからも林からも足が遠のいた。そして僕は数年前、就職のため上京し、この村を離れた。
久しぶりに戻ってきたのは祭りの日だった。偶然、ではなく僕が合わせてきたのだった。この文章は帰りの新幹線に乗りながらまとめてきたものだ。記憶は美化されるもので、あの時に殴られて感じた痛みは小さく、感じた快感は大きく書いてしまったかもしれない。
遠くで太鼓と笛の音が聞こえている。今日の祭りの現場にも人それぞれの物語があるのだろう。さて、そろそろ僕も祭りに行くとしよう。この文章はいつか、また見返すときが来るだろうから明日印刷して実家の本棚の奥にしまっておくとしよう。
*
僕は林の祠の前にきた。この祠は僕が毎日のように林に来ていた時に見つけたもので、由来は誰も知らず、苔生してその存在を誰にも知られていないように佇んでいた。
「今年の夏も来たよ。」
僕は祠に向けて話しかけた。なんだかこの祠が虹色の蛇の生まれ変わりのような気がしていた。
「もう10年も経つなんて信じられないよ。君はどこにいっちゃったの。」
この半年で身につけた関東の言葉で色々なことを話しかけた。最近あった個人的に面白い出来事、僕をいじめていた連中も含めて知り合い全員がこの村を離れたこと。そして、山田の一家がお金を貯めて街に引っ越したこと。同じような話を以前したかもしれなかったが、繰り返しでも良かった。この祠にとっては一瞬の10年と少しという歳月で起きた出来事は僕にとっては大きな出来事の連続で、それを知ってほしかった。
「江守くんだよね。」
突如として話しかけられた。
しゃがんで祠と向き合っていた僕が右を向くと、そこには山田がいた。
「山田……」
ワンピースを着て、大人びた姿になった山田がそこにいた。
「こんなところで何しているの。」
僕は驚きすぎて山田の方に身体を向けることしかできなかった。
「祭り、始まっちゃうよ。」
山田は僕の方に近づき、手を取った。「もし襲われたら、また助けてね。」
そう言うと手を引き祭りの会場の方向に歩き出した。
僕はされるがままだったかが、ふと振り返ると祠の上に虹色の蛇がとぐろを巻いているのが見えた。
この夏の祭りが始まる。
祭りと蛇 八鶴 斎智 @YazuruSaichi
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