第4話 盆踊り
「飼えなくて死んじゃうだろ。」
「金魚殺し!」
僕をいじめている連中は口々に叫んで山田の女の子をなじった。山田の女の子は破れたポイを握りしめながら相変わらず口を一文字に結んでいた。
「おい、お前ら、うるせえぞ、あっちいけ。」
明らかにカタギではないテキ屋のおじさんが連中に怒鳴った。ドスの利いた声の迫力に、連中は口々に山田の女の子を詰りながら散っていった。
立ち上がったテキ屋のおじさんは一息つき、山田の女の子にポイを一つ渡しながら言った。
「これ、サービスじゃ。もう一回やってみい。」
山田の女の子は小さくうなずき、ありがとうございますと言うと、その頬に涙の筋を流した。「おいおい」おじさんは牛乳瓶のコンテナに座りながら呆れた声を出した。
「泣くんじゃねえ。ポイについたらまた破けてしまうぞ。」
山田の女の子は浴衣の袖で涙を拭うと再び真剣な眼差しを戻す。静かに紙を水面に付け、金魚が泳いでくるのを待った。あとすこし、もう少し。僕も蛇女もそう思いながらその姿を見ていたように思う。
山田の女の子が小さな金魚を一匹だけ取れると、僕たちはその場を離れ、盆踊りを見に行った。狂ったように一様に動作を繰り返す老人も子どもも、男も女も、傍から見ては滑稽だったが、僕たちも手を繋ぎながらその輪に入ることにした。僕は祭りに来るのが久しぶりだったから、片手をぎこちなく振った。それに比べて蛇女は実になめらかに、妖艶に振り付けた。僕の焦点は彼女に釘付けになり、思わず足を止めた。
「いつも祭りには来ているの?」
「ええ。」
「去年も?」
「ええ。」
「来年も?」
一つ間をおいて、彼女は言った。
「ええ。」
それから僕たちは盆踊りを何周もした。ぐるぐると回っているうちに何がなんだか分からなくなり、頭がぼぅっとしてきたが、それでも踊りをやめなかった。いつまでもこの瞬間が続けば良いと思ったが、だんだんと太鼓の音頭はゆっくりとなり、笛の音は小さくなる。そして盆踊りは終わり、近くの大きな石の上で僕たちは休むことにした。
「疲れたね。」
蛇女の耳元で囁くと、彼女はくすぐったそうに笑った。なによ、と肩を僕の肩にぶつけるとふうっと一息ついて言った。
「さあ、帰りましょうか。もう祭りは終わるわ。」
その言葉を聞き、僕は蛇女に抱擁した。そうしなくてはならないと感じたのだった。そしてそのまま彼女を離したくなかった。祭りが終わってしまったら、このまま永遠に会えないと感じたのだった。
「金魚取ってるがいな。」
その時、ガラガラの聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「その金魚どうするがいね。食べるんか?」
「貧乏人は金魚を焼き魚にするんかね。」
「金魚って旨いんか。」
僕をいじめてくる連中だった。彼らの目の前に立っているのは山田の女の子。ポリ袋に入れてもらった一匹の小さな金魚を片手に、うつむくとも前を向くとも言えない姿勢で棒のように立っていた。
「なんか言ってみろよ貧乏人。」
リーダー格の男の子が肩をどつくと山田の女の子が揺れた。走って逃げれば良いのに、そうしないのはまるで、草食動物が喰らわれる前に自分の生を諦める様子と一緒だった。
「おい。」
甲高い、情けない声がその場に響いた。これが僕自身の声だということに気づいたのは、それからほんのちょっと遅れてからだった。僕の手には蛇女の手が握られていなかった。
「やっ、やめてあげろ。」
絞り出すように出した震える声は、連中の顔色を変えるのに十分だった。
「やめてあげろ。」
僕はもう一度、小さくはあったが吃らないように注意深くはっきりと言った。
「江守、えらくなったがいね。」
そこからは猫のケンカのようだった。僕は何度も殴られたが、殴り返すほどの腕っぷしはなかったから、代わりにリーダー格の男の子に噛み付いて応戦した。その場にいた4、5人全員は相手にできなかったからとにかく噛み付いた。鎖骨のあたりに噛み付いたとき、リーダー格の男の子はあっと声を上げて倒れ込んだ。僕はもみくちゃにされて前が見えていなかったが、口の中に広がる血の味で、きっと急所に噛み付いたのだと思った。
ジャキッ。
後頭部で鈍い音がすると、。狭まった視界に黒い束が落ちてくるのが見えた。ジャキッ、ジャキッと音が響く。
「えっ……?」
黒い束が自分の髪の毛だと気づくのにそれほど長い時間はかからなかった。振り向くと細身の子が意地悪そうな顔をしながらハサミをチョキチョキとさせていた。
「もうやめて。」
山田の女の子が号泣しながら叫ぶと、大人が駆け寄ってきた。「おい、どうした。」
その言葉を聞くと僕は気を失った。意識が無くなる直前に、あの甘い香りとふわっと浮くような感覚を覚えている。
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