第13話 菜園
大昔、人口爆発から生存資源が枯渇し、資源争奪の世界戦争が起きてみんな死ぬと本気で心配された。その結果、高度経済成長期に新設された浄水場は、給水人口2倍以上の人口を想定した設計や用地買収を行うことが度々あったんだと。
九頭類浄水場には明治期に作った10万人用の緩速濾過池(田嶋所長が言えとうるさい)と、戦後に作った50万人用の急速濾過池があり、しかも急速濾過池をもう1系統作る空き地がある。ありもしない人口爆発を心配してどんだけ金を使ったのやら。
人口爆発の大昔から人口減少の一昔に移ると、老朽化した施設の更新費用にあてるため、空き地は空き地のままにすることになったそうだ。無計画極まりない。
人口減少だ少子高齢化だと騒いだ一昔が終わった、現在の皆殺し時代において、この行き当たりばったりの結晶は数少ない生き残りを養う菜園として有効活用されていた。いくら生き残りが少ないとは言え、肥料もない重機もない中、できるだけ多くの作物が取れるよう、生存者のし尿を混ぜて土を作り、豆に芋にトマトと手間暇かけて育ててきたんだ。
そこへ来てのあの油壺の全滅宣言だ。
まあ、人間が全滅しても。こいつらは生きてるんだ。浄水場の外は糞アホが食いつくしてペンペン草もハエもいない。砂だらけで掘っても石しか出てこない。土ですらこの菜園にしかない。
私が頭のてっぺんまで糞アホになるまでの仕事は、この菜園を糞アホに砂場にされないよう、周りに防御設備を構築しながら世話することだが、勝利条件がない防衛戦だ。人間でも身を守りきれない糞アホに対して、植物は全く無防備だ。
金属板や砂、瓦礫を積み上げて菜園を囲み、一見して食い物があるように見えなくする。菜園の周りのアスファルトを剥がして、道路をたどっても菜園には入れないように誘導する。お前らは濾過池か駐車場に行け。
来年植える予定だった種は砂を詰めた金属缶に移して保管している。誰かがこの状況をどうにかした時に、私の野菜達の末裔が芽吹けるように。
今日も防火服を着て水やりに行く。もしも糞アホ根性を出して防火服を脱いだら菜園を食い散らすかもしれない。防火服も私に消化されてかなり脆くなっているのでお守り以上の意味はない。
今年はトマトがせっかくよく実ったのに味わうことなく、腐るに任せて土地に栄養を循環させる。この虚しさは耐え難い。これが今年だけではない。来年も再来年も、私の意識が続く限り際限ない。
地面に落ちたトマトを見てあることに気がついた。成ってる数と地面に落ちた数を合わせると、昨日より少ない。3個くらい少ない。実ってた痕跡と比べても3個少ない。見間違いじゃない。トマト泥棒がいる。
そのトマト泥棒は、野菜の苗や土は食い荒らさず、熟れたトマトだけを狙って食べている。乱雑にたかる虫じゃない。知能のある動物の仕業だ。
トマト泥棒がいることに喜ぶシチュエーションがあるとは思わなかった。
私が菜園の中を見ていない時間はそれほど長くないので、このトマト泥棒は相当素早い。しかも、そんな動物を浄水場内で見たことがないので隠れるのも上手い。
私が菜園を維持する目的に、今を生きるトマト泥棒を養うことが追加された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます