第4話 鏡像認知

整理しよう。

私は萩谷兄弟の血液検査をした。

電子カルテを書いた。

①鏡に写すと、血液サンプルは1人分。

②鏡に写すと、電子カルテは2人分。

③直接見ると血液サンプルと電子カルテの人数が揃う。それは1人分だったり2人分だったりする。


③は私の勘違いや疲労で説明できる。①と②が合わない合理的説明はなんだ。


直接見た電子カルテには萩谷正嗣(兄)のことしか書いていない。鏡に写った萩谷正就(弟)のことはなんと書いてある。


鏡に写った電子カルテをなんとか頭の中で反転させると混乱は余計に深まった。


それは萩谷兄弟のカルテではなく霧山正一、織田根川杏、調達班の別のメンバーのカルテだ。霧山と織田根川はまだ戻っていない。血液検査をしたのは一昨日だ。


吐き気と眩暈、寒気が襲ってきて鏡から目を背ける。一体何が起きているのか。


日付を確認しようとまた鏡を覗き込んだが、今度は萩谷正嗣1人分の内容だ。血液サンプルも、電子カルテも、どれを見ても私が行った検査は萩谷正嗣だけだと示している。


ただの誤認が、低血糖や寝不足によって怪現象のように感じられたのだ。きっとそうだ。やれやれ仮眠を取るかと笑った時、「改竄者」がいる決定的な証拠に気がついた。もう一度鏡越しに電子カルテを確認する。


鏡像が被写体を反射させた映像なのだと認識する機能は鏡像認知と言い、人間はもちろん類人猿や魚には備わっているが、鏡像認知ができない動物というのがいる。彼らには鏡に写った自分が他者に見えるように、見たままに認識しているらしい。


私の視覚を「改竄」する何者かは、「私が何を気にしているか」は認識できても、鏡に物が写るということがどういうことなのかは理解できないようだ。その者がなんなのかは外を見ればわかる。あの白痴の顔で歩き回る忌々しい人形どもが、既に私を乗っ取ったのだ。なんて邪悪で、なんて愚かな人形だ。


鏡に写った萩谷正嗣の電子カルテは、鏡文字になっていなかったのだ。

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