第3話 接敵
「あなた、アイシャさんですよね。我々、ガストンの使いのものです。少しお話を聞きたいので開けてもらえますかね」
覗き窓越しに、男が見た目にそぐわない丁寧な口調で告げた。
「あっ、はいっ。ちょ、ちょっと待っててください。今開けますから」
平静を装って返事したけど、正直私の心臓は張り裂けそうになっていた。
これはヤバい。こんなにすぐ来るなんて予想してなかった。
どどど、どうすればいい!?
一旦覗き窓を閉じて、胸に手を当て落ち着いて室内を見回す。
いくらレイズくんが小柄でも隠れられる場所なんてこの部屋にはない。
もし部屋に入って来られたらすぐに見つかって一巻の終わりだ。
捕まったら一体どんな仕打ちを受けるのか想像もつかない。
私が連れ出したせいでレイズくんが今まで以上に酷い扱いを受けるかもしれないなんて。そんなのダメだ。絶対に見つかるわけにはいかなかった。
こうなったら一か八か。賭けに出るしかない。
こそこそとレイズくんのそばに歩み寄って、こっそりと耳打ちする。
「奴隷商からの追っ手よ。レイズくんは入り口の横で屈んでいて。中に入ってきたら、私が体で隠すから。隙を見てこっそり外に逃げて。1人で。」
「1人?待ってよ。アイシャはどうするの」
小声でそう発したレイズくんは聞き捨てならないと言った面持ちだ。
「大丈夫。外の2人を誤魔化してから私も逃げるわ。後で合流しましょう。約束よ」
私はそう言ってレイズくんの手を両手で握った。
彼は神妙に頷いて、忍び足で行動を開始した。
私も騒ぐ心臓の鼓動を抑えつつ、ドアの前に立つ。レイズくんが入り口の横に陣取ったのを確認して、私は取っ手に手をかけゆっくり押し開いた。
「お待たせしました。なんのお話ですか?」
ほんの少しだけ開いた扉をいきなり目の前の大男が掴んで開けようとした。私はその勢いに引っ張られて前のめりに倒れそうになってしまう。
「ちょ、ちょっと!なんですか急にっ!」
「ガストンさんから訴えがあったんです。店番をしていたはずのあなたがいなくなったと。あなたはなぜここにいるんですか?」
目の前の大男が淡々と追及してくる。ここはできるだけ怪しまれないように嘘で乗り切るしかない。
「その、仕事中に頭を打って体調がすぐれなかったんです。それで、家に戻って横になっていました。書置きとかすればよかったんですけど、頭痛でそこまで頭が回らなくって。今はだいぶ調子も良くなったので、店に戻ってガストンさんに謝ります」
「なるほど。ただ、問題はそれだけじゃないんですよ。ガストンさんの店から奴隷が1人逃げたんです」
男は語気を強くして本題を並べ立てる。これはマズイ。状況的に、私が怪しいのは間違いない事実だ。
一気に血の気が引いていくのを感じる。
「ガストンさんはあなたが逃がしたと言っています。なので、少し部屋を調べさせてもらいますよ」
どう考えてもここで下手に拒否したら、無理やり入られてジエンドだ。
ここは大人しく従うしかないよね。
「わ、分かりました。なにもないですけど、どうぞ……」
扉から手を離し、レイズくんのいる方にゆっくりと下がる。
男はドアを開け放って、入り口をくぐった。
心臓が早鐘のように鳴る。
大丈夫。私の影でレイズくんの姿は隠せてるはず。
男はゆっくりと浴室の方に進んでいく。
だけど、外にいるもう一人がドアを開けたまま待機してる。
ちょっと待って。これじゃあ、レイズくんが逃げられない。
予想外の事態に冷汗が溢れてくる。2人の行動を足止めできる方法。
そんなの思いつかない。猶予もない。
次の瞬間、浴室の中を確認していた男が振り返る。
こっちを見て、男は眉間に皺を寄せた。
男が私の方に迫ってくる。
私は固まって、その場に立っていることしかできない。
「ちょっと、そこを退いてもらっても?」
男の視線は私を通り越して、別のものを見てる。
終わった。そう思ったと同時。
背後から紫色の光が閃いた。
瞬きした刹那、男のどてっぱらに小さな影が拳を叩きつけていた。
「ぐわあぁっ!」
稲光が迸り、男の身体は激しく痙攣してそのまま後ろの壁に向かって吹き飛んだ。
部屋の中心には雷撃の残滓を纏った少年が立っていた。
一瞬なにが起きたか分からなかったけど、はたと気づく。
私より身長低いから、すっかり忘れていた。レイズくんは主人公の仲間キャラ。つまり、高い戦闘能力を持っているのだ。
「なにしてやがる!」
もう一人の男が怒号と共に、レイズくんに飛び掛かろうとする。
むっ、そうはさせないっ!
私は入り口の脇から足を素早く出して、男の一歩目を下からすくい上げた。
「うおわぁっ!?」
派手に脚を引っかけて躓いた男は、駆け出した勢いそのままに思いっきり転倒した。
レイズくんがその隙を見逃さず、上から踵落しを見舞う。肺から空気が抜けたようなくぐもった声が漏れ、男はそのまま動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
衝撃でめちゃくちゃになった部屋を呆然と眺めながら、ようやく私は声を出した。
「た、助かったの……?」
「ああ。これでおあいこだね」
レイズくんはしてやったりといった表情で私に笑いかけた。
「でも、こいつらが起きる前に早く逃げないと」
レイズくんは伸びている男たちを一瞥して、深刻な面持ちになる。そうだ。なにはともあれ、もうこの部屋には留まっていられない。
私たちは急いで荷物をまとめた。今までコツコツ貯めてきた全財産と最低限の生活必需品を魔道具『アイテムボックス』に入れるだけだったから、さほど時間はかからなかった。
最後に、大家さんのところに迷惑料を支払って今までお世話になった自宅を後にした。
当てどなく2人で街の中を歩いていると、不意にレイズくんが私の服の裾を握った。
「アイシャは、これからどうするか考えてるの?」
彼は心なしか不安そうな顔をしてる。
私はめいっぱいの笑顔を作って答える。
「いっそこの街を離れようと思うの。やっと自由になったんだし。2人で新しい生活を始めるのもいいんじゃないかなって」
レイズくんは一瞬目を丸くして、そして少しだけはにかんだ。
「そうだね。それは、いいかも」
「じゃあ、改めてよろしくね!レイズくん!」
ばっと勢いよく出した私の右手をレイズくんはしっかりと握り返した。
「うん。よろしく」
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