第2話 追っ手の影
「ここよ、さあ入って」
貧民街の片隅にある古びた長屋のような住居の前にレイズくんを案内し、中に入るよう促す。
レイズくんは辺りをきょろきょろ見回してる。見知らぬ場所でやや警戒してるみたい。それでも、私が優しく背中を押してあげるとおとなしく従ってくれた。
室内は殺風景で、家具はほとんど置かれていない。
とはいえ、浴室は備え付けられていて魔道具でお湯も使えるから身体は洗える。食料を保管するための魔道具もあるから、とりあえずすぐ食事も取れる。
最低限レイズくんをもてなすことはできそうだ。
ゲームではこうした居住空間の描写はないから実際はどんなものか心配だったけど、想像よりはかなり便利な道具が普及してるみたい。
ただ、1人暮らし用の家だから部屋はだいぶ狭い。2人で過ごすには窮屈だけど、まあ小柄なレイズくん1人をしばらく匿うくらいはできるでしょ。
「早速だけど、まずは身体を洗いましょうか。奥に浴室があるから、服を脱いでくれる?」
レイズくんは私の言葉に肩をびくつかせる。
「服を脱ぐ?な、なんでだよ」
そっか、たぶんレイズくんは体を洗ったことがないんだ。もっと丁寧に説明してあげないと。
「レイズくんの身体、土埃とかで汚れてるでしょ?だから、あったかいお湯を浴びてキレイにするの。全然怖くないよ。むしろ気持ちいいから安心して?」
少しかがんで目線を合わせ、ゆっくり言葉を選んで説明した。すると、理解してくれたのかおずおずと身に着けていた布を脱ぎ始めた。
よしよし、いいこだねぇ。
では、私も一肌脱ぎますか!
「ちょ、ちょっと待ってよ!なんでお姉さんも脱いでるの!?」
私が上の衣服を脱いだところで、レイズくんがアワアワしながら声を上げた。
「え?私が洗ってあげるからだよ?服着たままだと濡れちゃうし」
「お、俺はこれでも15歳なんだぞ。恥ずかしくないのかよっ!」
レイズくんは顔を真っ赤にして声を荒げた。その視線は私の上半身、肌着の上をフラフラと泳いでいるように見える。
うぐっ!推しが年相応に恥じらう姿が見れるなんて!眼福!影のあるクールキャラの照れ顔とか激レアすぎ!ヤバイ、永久保存したい!スクショできないのが惜しいっ!
ふぅ、いったん冷静になろう。
脳内フィルムに赤面しているレイズくんを焼きつけつつ、呼吸を整える。
たしかに、年の近い男女が肌を見せあうのは彼の教育にもよろしくないわよね。
「分かった。私はタオルで身体を隠すわ。これでいいでしょ?」
レイズくんはコクコクと首を縦に振って私の提案を飲んでくれた。
その後は、幸せな時間でした。
まさか推しの身体を洗ってあげられる日が来るなんて夢にも思ってなかったもの!
泥や土埃を洗い落すと、男の子とは思えないようなきめ細やかな肌が露わになり、その芸術的な美しさに触れている事実に意識が飛びそうになる。
そのたびに必死で理性をなんとか保ち、ようやっと入浴を終えることができた。
「どう?気持ちよかった?」
衣服を着なおして、問いかけてみるとレイズくんは照れくさそうに視線を逸らしながらも答えてくれた。
「う、うん。……ありがとう」
ああ、お風呂上がりで火照った顔も相まってとんでもなくかわいい。私、こんなに幸せでいいんだろうか。
「じゃあ、次はご飯にしようか。お腹空いてるでしょ?」
幸せついでに、どんどん甘やかしてしまおう。豪勢な料理というわけにはいかないけど、家にあったパンと果物をふるまう。
それでも、彼にとってはご馳走だったようで。レイズくんは夢中でパンにかぶりついた。
「あの、お姉さん。なんで俺を助けたの。それに、まだ名前聞いてない」
うっ、ついにその質問が来ましたか。本当の理由なんて話しても信じてもらえるわけないし、ふわっとした理由で誤魔化せないかな。
「そういえば言ってなかったね。私はアイシャ。あなたを助けたのは、なんていうか放っておけなかったから、かな」
「そんな理由?なにか隠してるんじゃない?」
でも、レイズくんは簡単には信じてくれないみたい。まあ、こんな取ってつけたような理由じゃ裏がないかと勘繰られてもしょうがないか。うーん、どうしたものか。
「か、隠してないって。本当よ?」
諸手を上げてアピールしてみるも、レイズくんはジト目で怪しむようにこちらを見た。ああっ、レイズくんの不信感バリバリの眼、カッコいいっ!
ぶっちゃけピンチだけど、それはそれとしてつい推しのチャームポイントの一つである鋭い眼光にうっとりしてしまう。
と、彼の瞳を見ていたら頭の中に覚えのない、でもどこか懐かしい記憶が蘇ってきた。すると、思いがけず口から言葉が出始めた。
「その、私ね。奴隷商の雑用の仕事、生活のために嫌々やってたの。で、もう辞めてやるって思った時、あなたの顔が浮かんだんだ。絶対辛いはずなのに、感情を表に出さなかったあなたの眼が。希望を捨てずに耐え忍ぶ心の火種が映ったみたいな、そんな色をしたあなたの眼が」
レイズくんは黙って私の眼を真っすぐ見てる。強い意志の力を感じる瞳、やっぱり綺麗だ。
「辛さなんて比べられないけどさ。たぶん、自分の境遇と重ねちゃったんだと思う。それで、助けてあげたいって思ったんだ」
レイズくんを納得させられる理由なら作り話でも良かったはずだった。でも、気が付いたら自然と言葉が溢れてきていた。
それがアイシャとして彼と接していた私の本心だったのかもしれない。一通り喋り切って、レイズくんの顔を伺う。
「な、なんだよ、それ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、なんだか気恥ずかしそうだ。
「それが本当なら、アイシャはとんだお人よしなんだね。奴隷商の人が追いかけて来てひどい目に遭わされるかもしれないのに」
今、名前呼んでくれた!?
喜びに悶えつつも、唐突に正論をもらってハッとさせられる。
おっしゃる通りだ。私のやってることって、よく考えなくてもだいぶ危険だよね。
後の事とかなにも考えてなかったけど、もしかして結構ヤバい?
「あはは、そうだよねぇ。まあ、いざとなったら他の場所に逃げちゃえばいいし……」
楽観的な意見を発したその時。ドンドンとドアを強い力で叩く音が響いた。
思わずぎょっとする。唇に手を当てて、レイズくんに声を出さないようアイコンタクトを行う。
そぉっ、と扉に近づきのぞき窓から外の様子を確認する。
するとそこには、筋骨隆々の怖そうな男の人が2人、仁王立ちしていた。
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