独身貴族系女子、悪役モブに転生する~シナリオ無視して推しキャラを助けてたらいつのまにか聖女扱いされ出したんだが~
尾藤みそぎ
第1話 推しとの遭遇
私の名前は
派遣会社に勤めて幾年月。彼氏いない歴=年齢だけど、それももう慣れたものだ。
なぜなら、私にはゲームがあるから。特に今はまっているマルチシナリオRPG「ビリオンクエスト」は私の生きがいだった。
中世を模した異世界で、主人公は世界中を巡り、数十人にも上る個性豊かな仲間たちの中から好きなキャラクターをパーティに加えながら冒険する大ボリュームのRPG。キャラが豊富で私好みの推しがたくさんいるのがこのゲームにハマった理由の一つだ。
そして、仲間にしたキャラや消化したイベントによってルートが分岐し、様々な結末を迎えることになるのがこのゲームの一番の特徴だった。私は推しキャラを色んな組み合わせで仲間にし、様々なルートを開拓して日々やり込んでいた。
面倒な人間関係に時間を割くより、推しに愛を注いでいる方がよっぽど気楽で楽しい。自分一人の面倒さえ見れれば後は好きに生きていいんだし?
好きな事やって生涯独身を貫くのはそんなに悪いものではないと思ってた。その覚悟をするのも私にとってさほど深刻な事柄ではなかった。今を楽しんでさえいれば、それで万事オッケーなんだから。
でも、私の一生は自分で思っていたよりずっとアッサリ幕を閉じてしまったようだった。
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「おい!アイシャ!なにそんなとこで伸びてるんだ!さっさと起きろ!」
頭上から男の怒号が降ってくる。
クラクラする頭をさすって私は体を起こした。
そうだ。私はアイシャ。仕事の途中で、足を滑らせて派手に転んだんだった。運んでいた資材が辺りに散らばってる。頭がまだズキズキ痛む。たぶん、こけた時頭を打って、しばらく気絶していたんだ。
そこまで思い出して、頭の中に疑問符が浮かぶ。え?私の名前は海老原曜子のはず。
それに、職場はコールセンターだ。こんな薄暗い倉庫みたいな場所じゃないんだけど。
「やっと起きたか。早く立て。配達が立て込んでるんだ」
顔を上げると、太っちょのおじさんが私を睨みつけていた。
「ガストンさん。彼女、頭打ってるみたいですよ。ちょっと休ませてあげましょうよ。代わりに俺が行くんで」
私たちの脇を通り過ぎながら、ノッポの少年がおじさんに向かって提案した。
ガストンと呼ばれたおじさんは、眉間に深々と皺を寄せながら鼻を鳴らした。
「ふん。5分だけだぞ。休んだら奴隷共の世話をしておれ」
そう言って、ガストンは少年と一緒に足早に建物を出て行ってしまった。
私は近くにあった鉄格子を掴んでゆっくり立ち上がる。
よく見るとそれはボロボロの巨大な檻だ。なんでこんなものが?
疑問に思うと同時に、奴隷商人の店なのだから当たり前だ。と、もう一人の自分が頭の中で呟く。奴隷商人。そのワードが浮かんだとたん、記憶が明瞭になって来た。
ガストンという名前、それにあの顔。覚えてる。
あいつはビリオンクエストに出てきた奴隷商人だ。
そして、頭痛に呼応するようにある事故の光景が蘇ってくる。そうだ、私は仕事から帰っている途中でトラックの事故に巻き込まれたんだ。
ここまで思い出して、ようやく理解する。
もしかして私、ゲームの世界に転生してる?
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部屋の隅の休憩スペースに腰を下ろし、落ち着いて思考を巡らせる。
この世界の私、つまりアイシャは身寄りのない1人暮らしの少女らしい。年齢は17歳。若返ってることは喜ばしいけど、実際のところアイシャの生活は過酷だった。
貧乏で身なりを整えるお金がないせいでまともな仕事もできず、しかたなく奴隷商人の雑用として働いてなんとか日銭を稼ぐ生活を送っているのだ。
しかも、この世界がゲームのシナリオ通り動くなら、主人公がサブイベントでガストンから奴隷を解放するので、巻き添えで蹴散らされることになってしまう。それだけならまだしも、ガストンが奴隷商を廃業するので私も職を失って生活が立ち行かなくなるだろう。
普通に考えてこのままじゃマズイよね。でも、私の脳内ではもう一つ重大な事実が駆け巡っていた。
奴隷解放イベントで主人公は奴隷になっていた少年を助け出して仲間にできる。
その少年、実は私がビリオンクエストで特に推してる男の子。レイズくんなのだ。
つまり、今この場所にレイズくんがいる!?
ゲームで愛でるだけでも幸せだったけど、もしかして直接会ったりできるのでは?
というか、今ガストンはどこかに出かけたばかりだから連れ出してもバレないのでは?
ここまで考えて、私は決心した。
よし。レイズくんを助けてとんずらしよう。
ここで働き続けても未来はないんだから、辞めるついでに推しを連れていくくらいどうってことないよね!
私は早速建物の奥にある事務室に足を向けた。
主人公が奴隷を解放する時は、ガストンを倒して檻のマスターキーを奪うのが正攻法だけど、実は他にも方法がある。
事務室に忍び込んで、隠されている鍵束を見つけるスニーキングルートだ。
そして、今はガストンがいないし私はアイシャとしてここの勝手を把握しているから、鍵の場所も記憶に残っていた。
ヤバ、楽勝じゃん!
散らかり放題の事務室の隅にある棚の上から2番目。そこに大量の鍵束が突っ込まれていた。その鍵にはそれぞれ番号が振られている。記憶を手繰ってレイズくんの檻の番号を思い出す。たしか、そう、19番!
私は鍵束から目的の鍵を取り出して、駆け出す。
外出中とはいえ、いつ戻ってくるか分からない。とにかく急がないと。
事務室を飛び出して、私は檻が設置されている建物の裏手に向かった。
そこには大人1人が辛うじて入れる大きさの檻がいくつも無造作に並べられている。それらの中には服とも呼べないようなボロボロの布切れで身体を隠した少年少女たちが座り込んでいた。
ゴメンね、あなたたちまでは助けられないけど、きっとこの世界の主人公が来て解放してくれるから、それまで少しだけ我慢してて。
重苦しい罪悪感に後ろ髪を引かれながら、私は19番の檻を探す。あった!
その檻の中にいたのは、灰色の髪と赤い瞳をした少年だった。
間違いない、レイズくんだ!
私は屈みこんで、周りにはできるだけ聞こえないよう小声でレイズくんに声を掛ける。
「レイズくん。今からあなたをここから出してあげる。だから、私について来て」
レイズくんは
「ここから出すってどういうこと。お姉さん、奴隷商の人じゃないの?それに、なんで俺の名前知ってるの」
突然のことで困惑しているのか、彼は私に疑問を投げかけてきた。でも、今は答えていられない。
「質問には後で答えるわ。声を出さずに私について来てくれるって約束して。そうしたら、あなたを自由にしてあげられるの」
一瞬、眼を見開いて驚いていたレイズくんは、しばらく口をもごもごさせてから声を絞り出した。
「わ、わかった。約束する」
私は彼を安心させるように柔らかく笑顔を作って檻を開錠した。
彼の手を引いて、薄暗い通路を進む。
周囲の檻からの視線を振り切るようにして、私たちは表通りに出た。
陽の光を浴びて、レイズくんは眩しそうに眼を細める。
「行きましょう」
レイズくんはこくりと頷いて、私の手を離さないようギュッと握りしめた。
かっ、かわいいっ!
まずは私の家に連れて行って、体をキレイにしてあげよう。
その後どうするかまではまだ考えてないけど、きっとなんとかなるでしょ!
私は本物のレイズくんの手を取って歩いているという極上の幸せを噛み締めながら、自宅へと足を向けた。
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