ボクと75分の1の鬼

「正直に答えたら、この箱、返してやらんことも無いぞ」

 ほれほれ、と鳥居の上から、ナナコが小箱を振って見せている。

 このクソガキめ。


(別に、どうもしない。これをあの男から遠ざけるだけでよかったんだ)

 ボクは食いしばった歯の隙間から、絞り出すように答えた。

(それを持つと、あいつは緊張する。不安になる。彼女に否定されたら傷つくし、拒否されたら関係が終わると、恐れているんだ)


「だから、お前が盗ったのか?」

 ナナコの問いは、非難よりも、拍子抜けに近かった。

 ボクの無言の肯定に、ナナコは「盗人じゃなくて、心の一部が単にビビって逃げただけかよ」などとブツブツ言う。


「あのな、この箱は兄ちゃんを緊張させ不安にさせるだけの物じゃない。ましてや、彼女との関係を壊すものでもない」

 ナナコは白いビロードの箱を空に掲げた。

「これは決意の証だ。兄ちゃんが、彼女を幸せにするっていう気持ちを形にしたものだ。他の誰よりもお前が分かってるはずだろ?」


(あいつじゃ――いや、じゃ無理だよ)

 吐き出すように言ったボクは、きゅっと唇をかんだ。

なんかが、彼女を――いや、そもそも誰かを幸せにできると思うのか?)


「誰かを幸せに、ねぇ」

 鳥居の上のナナコが、足をプラプラさせながら呟いた。

「それ、オレも約束したことあるぜ」


(キミが?)

 ナナコの小さな影法師を見ながら、ボクは訝しげに問いかけた。


「厳密には大昔のオレの話しなんだけどよ。何とかって将軍に負けちまってな。75体に分裂して、ボスに仕えることになったんだ。その時にボスに約束したんだよ」


(ボス?)

 ボクが聞き返すと、ナナコは気だるげに頷いて、指差した。

 その小さな指は、小高い山の上の神社を指している。そこにいるボスって、もしかして……。


「オレもお前と同じように思ったぜ。オレみたいなヤツが、誰かを幸せにできるわけねぇってよ。でもな――」


 ナナコはそう言いながら、鳥居の上で立ちあがる。そして、当然のようにジャンプして、石段に着地した。よい子じゃなくても真似しちゃダメなヤツだ。常人は普通に怪我するぞ。


 でも、ナナコは涼しい顔のまま、喋りつづけている。

「――その約束のために、できることは何かしらあるんだ。オレみたいな75分の1の鬼にもよ」


(75分の何だって?)

 石段に腰かけたボクは、隣で仁王立ちをするナナコを見上げた。


 ナナコは尖った歯を見せながらニヤニヤ笑っている。

 それから、ゆっくりと黄色い帽子を持ち上げた。

 

 帽子の下にあるのは、もじゃもじゃの黒髪。

 そして、チラリと見えたのは――小指くらいの大きさの2本の白い角だ。


(お前――!)

 目を見張るボクに、ナナコは黄色い帽子を深々とかぶり、ニンマリ笑ってみせた。


「オレにもできることがあるんだから、お前なら、尚更だろ。だから――」

 ナナコはそう言うと、ボクの掌に白い小箱を押しつけた。

「――これを持って、あの兄ちゃんの所に戻れ。お前が戻ってこそ1分の1の人間に戻るってもんだからな」


(お前――いや、キミは……)

 白い小箱を掌の上に乗せながら、ボクはもごもご問いかける。

(何でこんなことを……?)


「何言ってんだよ。5年前に2人揃って『結婚したい』ってボスに頼んだのは、お前らだろうが」

 ナナコはうんざりした調子で答える。

「オレは『放っておいても大丈夫じゃないスか』って言ったんだけどよ。ボスは律儀だよな。そもそも縁結びは本業じゃねぇのに」


(それって――……)

 言いかけたボクは、その先の言葉を飲み込んだ。

 この先は、僕と彼女が確かめることだから。

 代わりにボクは、白い小箱を懐にしまうと、立ちあがった。


 ここまでが、ボクの鬼ごっこの物語だ。

 でも、物事にはウラがあれば表があるわけで。最後にもう1つの物語の結末を語らねばならないだろう。

  


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