第18話 過去の異物



今回のことでピクニックに行くという雰囲気でもなくなり、結局セラフィーナとヘロンは屋敷へと帰っていた。


「せっかくピクニックに誘ったのに、こんなことになってしまってすまない」

「ピクニックは楽しみだったので残念ですが、もしかしたらここで対処しなければ別の人が犠牲になっていた可能性があるのでそういう意味では良かったと思っています」


ピクニック用のお弁当を食べながらセラフィーナは答える。


(誰を狙ったのかは分からないけれど、呪われたあの人は明確な殺意を持っていた)


『コロせ』とそう言っていたのだ。本命の目的が不明である以上、セラフィーナがいる時に対処できたのは不幸中の幸いであった。


「それにピクニックに行く機会はまだまだありますから。今は誰も亡くなっていないという事実で十分です」

「セラフィーナは大人だな」

(実際、私前世では成人してますから)


という心の声はシェフお手製のふわふわたまごサンドによって声に出されることなく、飲み込まれていった。



屋敷に戻ると使用人たちは随分と早い主人たちの帰宅に驚いていたが、ヘロンが道中での出来事を手短に説明するとすぐさま行動を再開した。


(さすが父さまの使用人ね。同じ魔術師でもあるから魔物討伐と七賢人への要請ということでこうも話が分かるなんて)


魔物討伐にセラフィーナも参加したことを伝えるとすぐに暖かいお風呂を準備してくれた。どうやら幼いセラフィーナの心に恐怖心が植え付けられていないかのアフターケアも兼ねているようだった。


魔物たちを殺しまくっていた元大魔術師には不要なものではあるが、前世では大魔術師となった後はなかなか人から心配されなくなっていたのでこういった気遣いは嬉しいものであった。


「お湯加減はどうですか?」

「あったかくてポカポカ〜。ちょうどいい」


モコモコの泡で髪の毛を洗ってもらうと気持ちよくてついつい眠くなってしまう。


(やっぱりいつの時代もお金持ちは大魔術師の次に勝るものだわ)


お金持ちというのは生まれ持ったときから決まるものだが、その人の努力によっては後天的にお金持ちになることができる。


(近いうちにお金を稼いでできるだけ貯金しておこうかしら)


知る人ぞ知るとても現金な大魔術師さまの一面であった。



もともと精神的ショックを受けていたわけではないので、侍女たちのアフターケアは効果をなさず、セラフィーナは体があったまるとお風呂から出た。


新しい室内用の服に着替え、魔術で髪の毛を乾かしてもらう。とても高価な香油を使っているのか、セラフィーナの髪の毛は魔術で補修しなくても今ではつやつや輝いている。


「髪は結びになりますか?」

「今日はもうどこにも出かけないからこのままでいいわ。ありがとう」


侍女たちを下がらせ、セラフィーナは紅茶を淹れて一息つく。


青く広がる空を見つめると先程あった悲しい出来事が夢のように感じられる。


(それでもあれは現実だ)


いくらほかの魔術師たちが分からなくても、セラフィーナだけは分かっている。


(───一体、どこのお馬鹿さんがこんなことをしているのかしら?)


セラフィーナは前世で『呪い』に関する書物を全て消し去り、呪われた人たちも救済のために全員殺した。


そして次なる依代を探す呪いたちを自らの生命を魔力に変えて、完全にこの世から呪いというものを無くした。


そう思っていたのに。


「最後のあの魔術は間違いなく正常に発動していたわ。だから残っている呪いはあの時点ではないはず」


なのにどこで呪いはこの時代の人間に発見されてしまったのか。セラフィーナは思い当たる節がない。


「……誰かが『呪い』を生み出した? それともアイツらが……?」


前者のほうはありえなくは無いが、なかなか起きない。考えたくはないが後者の方がまだ現実を帯びている。


「だとしても考えたくはないわ。呪いはそう簡単に生まれるものじゃない。人々の負の感情とその人自身の強い意志、そして───」


セラフィーナはパチンと指を鳴らしてつい先日、ティオナから新たにもらった本を目の前に転移させ、授業内容を思い出していた。


「『魔族』が生み出す呪い」


本を開き、該当ページをめくるとそこには大きな翼に角を持つ、人の形を模した何かが描かれていた。


「魔族はここ200年、つまり私が死んでから姿を現していないと本にも書いてあったし、ティオナ先生からも聞いた。だから今後も何もなくひっそりと過ごすものだと思っていたけれど───」


セラフィーナはあの森のなかで確かにふたつの魔力反応を確認していた。


ひとつは呪いによって魔物となってしまったモノ、そしてもうひとつはヘロンを優に超す魔力を持った何か。


「……やっぱり魔族の可能性が高いわ」


本来、呪いとは魔族が生み出した魔術と言える。人を呪い、人に呪わせる。


「私が書物を消し去ったとしても、魔族が呪いを伝えれば意味はなくなる」


魔族というモノをこの世から消さない限り、呪いの根本的な解決には至らない。つまりセラフィーナが死に際に放った魔術は対症療法でしかなかったのだ。


「前世でも魔族とは何度かやり合ったわ。それなりの数の魔族を殺したと思っていたけれど、魔族はいつの間にか増えているから……」


人間の歴史にも魔族の誕生はおろか、魔物の誕生すら解明できていない。それでも前世の悲劇を繰り返さないために、セラフィーナはこの世界の異物を取り除かなければならない。


「七賢人になるもうひとつの理由ができたわね」


セラフィーナは疲れたようにため息をつきながら紅茶を飲んだ。


(現状の魔術師では魔族の大多数には勝てない)


おそらく今日森にいた魔族は魔族のなかでも下っ端の方だろう。それでもこの国の最高峰と謳われる七賢人のヘロンよりも魔力量や技術は上のようだ。


「それに魔族は人間よりも人間をよく理解しているから」


悲しいことにこのままでは人間たちは一向に魔族に勝てないままだろう。人間は魔族の本質を理解していない。


「アイツらは魔族。人間では無い。だからいくら人間の真似事をしようとも人間にはなれない。そもそもなろうとしていないのだから」


魔族は人間の言葉を話す魔物に過ぎない。人間のような他人を思いやる心がなければ、誰かの死を悲しむこともない。この世に生まれたときから彼らはひとりだ。


「それなのに人間の真似事をする」


不思議なことに魔族とはやはり魔物なのだろう。魔族という本能が人間を殺すためにあるのだから。


人間の言葉を話し、人間を油断させ、人間を殺す。


魔族というのは狡猾で残虐な、魔物なのだ。


けれどそれを人々は知らない。


「前世にもいたわ。魔族と分かり合えると信じて、魔族と手を取り、そして殺されていった人たちが」


彼らは魔族の本質を理解していなかったのだ。人間の言葉を話すから、言葉があるから、会話を重ねれば魔族とは平和に友好的に過ごしていけると。


「結局彼らは魔族によって殺されたのにも関わらず、憎しみながらも魔族の言葉に騙された。そして反対に魔族を利用しようとする人間もいたわ」


彼らの場合は初めから魔族なんかを信用していなかった。魔族と友好関係を築けると信じて疑わなかった者たちよりも幾分かマシに思えるが、発想は魔族に勝るほど残虐だった。


「人間が魔族の呪いを利用しようと考えたのは私がまだ小さなころだったかしら。あのあたりから、人間は魔族から呪いを教わり、そして人間は教わった呪いを人間相手に使った」


彼らは戦のために呪いというものを導入し、多くの人を殺したのだ。


「そして彼らもまた、最後は魔族の手によって殺された。私が大魔術師となってからはその手のものは明らかに数は減っていったようだったけれど……」


いま考えると、200年間なにもしなかったのではなく、力を蓄えていたのかもしれない。セラフィーナによって多く削られた魔族たちを再び元に戻すために。


「……次はもう、同じ轍は踏まないわ」


200年前の失敗はあれでもう十分だった。


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