第19話 天才ですから!
部屋で今回の事件は魔族が表舞台へと再び現れたことが原因だと強く感じていたセラフィーナは次の魔族の行動を予測していた。
「こうして魔族が人間社会に降り立ったのだから、これからもっと多くなるはず。魔族のことを忘れていた人たちも魔族について思い出し、混乱と恐怖を呼び覚ます」
セラフィーナとしては起きてほしくないが、人間側は魔族と比べて圧倒的に武力が少ない。仮に七賢人が力を合わせても、せいぜい中ボスの下位程度の魔族しか倒せない。
「下手をしたらそのまま全滅だって有り得るわ」
ひと思いに殺す魔族なら苦しみは少ないが、いたぶり殺すのが好きな魔族だって中にはいる。
できればヘロンたちには魔族の存在は気づかれたくないものだ。
「……それに200年間も何もなかったことが逆に気になるわ」
確かにセラフィーナは大魔術師シェリアのころ、魔物だけでなく魔族とも戦い、多くの魔族を葬っていた。戦力を削がれていたとしても好戦的かつ残虐な魔族が何も音沙汰がなかったことがなにかの前兆のようで怖い。
「とりあえず、魔族対策の魔術を編み出し、今まで以上に鍛錬する必要があるわね」
本を元の場所に転移させ、カップの中の紅茶を一気に飲んだ。次はどの茶葉にしようとかと思いながらもう一杯淹れようとポットに手を伸ばしたとき、扉がノックされた。
「? どうぞ」
「失礼する、セラフィーナ」
「父さまでしたか。ちょうど紅茶を淹れようとしていたところだったのですが、いかがですか?」
セラフィーナは空になったポットに魔術で作ったお湯を注ぎながら尋ねる。
「いただこう」
「では私の向かい側の席へどうぞ」
そう言ってセラフィーナは反対側のソファーを指した。
(何となくお茶を勧めてしまったけれど、こうしてお茶を飲むということは長い話があるみたいね)
ヘロンが飲むということもあり、セラフィーナはストレートでもミルクでも合うディンブラの茶葉で紅茶を淹れる。
(父さまは日によって紅茶に入れるものを変えるから)
セラフィーナは基本的に茶葉本来の味を楽しみたいためストレートで飲む派だが、ヘロンはその日の気分や状態でストレートで飲んだり、ミルクを入れたりする。
蓋を閉めて決められた時間蒸すと、ふわりとディンブラ特有の爽快でほのかに甘く濃く突き抜けるような香りがする。
丁寧な所作でカップに紅茶を注ぐと、セラフィーナとヘロンの前にそれぞれ置いた。
「どうぞ。ミルクはこちらにあります」
「ありがとう」
セラフィーナはヘロンがお茶を飲んだのを確認すると同じくカップを持ち上げ口に含んだ。今回の紅茶も美味く淹れられたと思い、真向かいに座るヘロンを見る。
「……!」
「美味しいですか?」
「ああ。……うまいな」
分かりやすい反応をしてくれるヘロンにセラフィーナは嬉しくなる。
(甘みもありながら渋みもある。これはとても丁寧に作り、摘まれた茶葉だわ)
それにほのかに柑橘系の香りもする。恐らくクオリティシーズン中の茶葉であるからだろう。
「侍女が持ってきてくれたクッキーは紅茶によく合うんです。一緒に召し上がってみてください」
端に寄せてあった皿を中央に寄せ、クッキーを1枚取る。丸型や四角、三角といったものの他にもネコやイヌ、クマなど可愛い形のものまであるが、これらは全てセラフィーナのために一つ一つ作られたクッキーだ。
セラフィーナは口にクッキーを運ぶと、サクサクとした食感とほどよい甘さが口いっぱいに広がりついつい頬が緩む。
(紅茶風味なのがなんともたまらないわ)
ヘロンもクッキーを摘むと一口で食べる。無言で咀嚼しているようにも見えるが、実はよく見ると若干数ミリ程度頬が緩んでいるのだ。
(父さまは見かけによらず、甘いのが好きだから。出会ったときは好きではないと言っていたけれど)
そして紅茶とクッキーを交互に食べていると、未だに無言で紅茶を飲み続けるヘロンに対してふと疑問が浮かんだ。
(あの森でのことを詳しく聞くためにここに来たのではないのかしら。馬車の中では断片的にしか話せていなかったから)
てっきりそれでセラフィーナを尋ねてきたと思ったのに、ヘロンは惚れ惚れするような美しさで紅茶を啜っている。
(んー、かれこれもう10分は経ったと思うけれど)
ただの思い過ごしかと思い、セラフィーナはカップを置くと唐突にヘロンは口を開いた。
「あの森で起きたことをもう一度教えてほしい。どんなことでもいいから」
「……っ! わ、分かりました」
思わず噎せそうになるのを寸前で抑え、セラフィーナは返事をする。
(びっくりした…! あやうく父さまに紅茶をふきかけてしまうところだったわ……)
そうならないように考えながらこのタイミングで声をかけたのだろうが。よく見るとヘロンのカップには紅茶が残っていなかった。
(まさか淹れた紅茶を飲み終わらせようとしていたとか? なんというか……律儀な人だわ)
残してくれても大丈夫だったのだが、ヘロンは残すという選択はせず、飲みきることを優先したのだ。
(会話中にちょくちょく飲めばいいのに……)
なんてことも思ったが、人には人の独自ルールが存在するものだ。かく言うセラフィーナにも食べられないものがあっとしてと自己暗示をかけて好物として食べるという謎の我慢大会などがある。
(父さまのルールは父さまにしか分からないものよね)
セラフィーナは深く考えることをやめた。
「それで森での出来事ですよね。と言っても詳しくお話するつもりではいたのですが、どこからどう話すべきなのか……」
「なら俺が質問するからそれに答えてくれ」
「わかりました」
どんな質問が来てもいいようにセラフィーナは身構える。
「どうして俺が気づくよりも先に敵に気づけたんだ? 常にとはいかないが魔力探知は発動させていた」
「……んえっ!? 魔力探知を発動!?」
「ああそうだが、それがどうしたんだ?」
「あ、いえなんでもないです」
急に大声を出したセラフィーナに訝しげな表情をするヘロンだっだが、セラフィーナとしてはそれどころではない。
(えっ、魔力探知を発動させていたの? あんなに新種の劣化版魔術か何かを使っていると考えていたのに……!?)
なんとも失礼な話だが、セラフィーナの魔力探知の常識では相手が魔力隠蔽をしていても全てをさらけ出し、全てが等しく映るのだ。
しかし残念ながらそれをセラフィーナは知らない。
(完全なる勘違いをしていたわ。ごめんなさい父さま)
セラフィーナはひとりオロオロと百面相をしていたが、コホンと咳をすると真面目そうにヘロンの質問に答えた。
「えーっと、それは私も魔力探知を発動させていたから……としか言えないです。というかそれしかないです。───…………はっ!」
ここに来てセラフィーナはピコンと閃いたのだ。
(もしかして……魔力量が少ないと魔力探知に影響されるのかしら……?)
当たらずとも遠からずである。
(きっとそうだわ。だって今の魔術師たちは前世の魔術師たちよりも魔力量が明らかに少ないんだもの。だとしたら父さまが魔族と思われる魔力量を感知できなかったのも私の後ろにいた魔物たちに気づけたなかったのも無理はないわ)
ようやく点と点が繋がったような気がした。だがそれはセラフィーナのなかでの自己解決であってヘロンにしてみれば質問の答えになっていない。
「セラフィーナも魔力探知を使っていた……? だとしたらなぜ……」
(あー、なんて言えばいいのかしら。昔よりも魔力が少ないからですって言えばなんでそんなこと分かるんだ的な展開になる)
セラフィーナは脳をフル回転させ、またしてもピコンと閃いた。わずかコンマ0秒の世界である。
「……お忘れですか父さま」
「?」
「私が、天才だということを! つまり魔力探知も天才なのです!」
「………」
「ゆえに私はあの魔力反応に気づけたのです!」
ドヤっと胸を張って答えた。
(完璧だわ! これ以上ないほどの回答! 元々私は天才だから嘘も言っていない!)
惚れ惚れする回答を導き出したセラフィーナは自己満足していた。だから目の前で絶句しているヘロンに気づかなかった。
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