第17話 大魔術師が残してしまったモノ



セラフィーナの予想どおり、ソレはいとも簡単に魔術を避け、ものすごいスピードでセラフィーナたちへと向かってきた。


「来ます! 物理攻撃に全振りした結界を張って下さい」

「わかった!」


ヘロンは急なことにも関わらず、セラフィーナの要望通りに結界を張る。次の瞬間、結界に大きな衝撃がもたらされた。


ドゴォーン!とぶつかったかと思うと、そこにはセラフィーナが切り刻んだ木の残骸があった。


「父さまはそのまま結界の維持に集中してください。恐らくアレは魔力の強い方を執拗に狙うので現状父さまが狙われることはありません!」


セラフィーナは結界の外に出て、戦う準備をする。


「戻れ、セラフィーナ! あのバケモノの相手は俺がするから!」

「無理です。あれは───呪いですから」


セラフィーナが小さく最後を呟くと、ソレは無数の魔術を空中に展開した。おそらくセラフィーナの呟きは誰にも聞こえていないだろう。


「なんて数だ……」


ヘロンはその数の多さに思わず圧倒された。しかしセラフィーナは冷静に魔術を打ち消していく。


「……あなたはどんな願いがあったの?」


かつて人だったものにそう問いかける。


けれど人の原型は既になく、腕は4本あり、顔だけでなく、腹にも大きな口がついている。見た目も醜く、初めて遭遇した人間は───いやこの時代の人間は誰もあれが元人間だということに気づかないだろう。


セラフィーナは自分とソレを囲むようにして、大きく周辺を結界で閉じた。もちろん被害がないようにヘロンは結界外だし、ヘロンに気づかれないように注意を払った。そしてまた問いかける。


「あなたに呪いを教えたのはだれ? なぜ呪いがここにあるの?」

「……グルゥ……グルゥ……」

「───呪いに蝕まれて理性を失ったのね」


まともな返答を得られないことにセラフィーナはソレを殺すためにすぐさま魔術を放つ。


しかし敵もまた抗うために魔術で対抗する。


「───すぐに楽にしてあげる」


即席で作った剣に対呪い用の魔術を付与し、心臓を狙って突き出す。しかしそれは心臓を射止めることなく、空中を突く。


「ゔゔぅっ、グギャアァア!」

「…………」


すぐさま鋭い爪でセラフィーナの顔面を狙う。一歩下がることで傷つかずに済んだが、女の子の顔を狙うとはいい度胸をしている。


「私だったからよかったものの、ほかの子にそんなことしちゃダメよ」


剣を翻し、右腕を落とす。


「あ"あ"あ"あっ……!」

「次は反対」


そして流れるように左腕も切り落とした。両腕をなくしたソレはダラダラと血液を流す。


両腕を失い、痛みの感覚がまだあるのかその場に崩れ落ちる。


「……コロ、せ…こ……ロセッ……」

「誰を殺すの? 私? それとも父さま?」

「グルゥッ…グルゥ……!」

「やっぱりだめか」


セラフィーナは剣を胸の位置まで持ち上げ、剣先をソレの心臓に向けた。


「ゔゔっ、ゔゔっ」

「…………」


地面を蹴って後ずさるソレを見てもセラフィーナは表情を崩さず、冷静に心臓だけを見ていた。



「あなたの魂が世界に導かれることを」



そう言って迷うことなく、心臓を突き刺した。


「あ、あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!」


剣き力を込めて強く押し込むと、パキリと壊れる音がした。そして剣をゆっくりと抜き取るとソレからは多くの黒い霧のようなものが出てくる。


霧が体から出たソレはぱらぱらと足元から砂のように崩れていく。無理やり体を変化させられたため、力を失ったいま、体を固定できなくなった。


「───救えなくてごめんなさい」


魔物のように何も残らなくなっていくのをセラフィーナはなにもすることが出来ずに、ただ、見つめることしかできなかった。


「……アリ…が…と、ウ」

「……! ……っ」


それなのにソレは最後の最後でセラフィーナに感謝した。体を支配していた呪いが消え、消える寸前で理性を取り戻したのかもしれない。


「私はっ、あなたに、っ感謝されるようなことは……できなかったわ」


あそこまで強い呪いに侵食されてはセラフィーナの魔術でも元の姿に戻すことはできない。してあげられることは、一刻も早く魔核となってしまった心臓を破壊し、自由にしてあげること。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……」


誰に懺悔するわけでもなく、セラフィーナは静かに謝り続ける。


(私が───ちゃんと後処理をしなかったから)


そして結界内に留まる黒い霧の集合体を見据える。鬱憤でも晴らすかのように魔術で一気に消し去った。


音もなく、跡も残さずに消えたそれをセラフィーナは怒りの籠った瞳で見ていた。



そして魔力探知で周りにセラフィーナとヘロンの魔力しかないことを確認すると、結界を解き、ヘロンの元へゆっくりと歩いていく。


一部始終を見ていたヘロンもセラフィーナの結界が消えるとすぐにセラフィーナに駆け寄り抱きしめた。


「セラフィーナ! すまない、何もできなくてっ!」

「いいえ父さま。何もできなかったのは……私の方です」


ヘロンの強い嘆きにセラフィーナは小さく首を振った。


(あの人は次の生こそ、幸せになってほしい───)


何もできなかったセラフィーナの大きな願いだ。


ヘロンの大きな体に包まれ、緊張していた体が解れると気になっていたことを尋ねた。


「父さまは大丈夫でしたか? 結界のおかげでそちらに被害はないと思いますが」

「ああセラフィーナの結界は破ろうと思っても破れないほどの強固さで被害は何もない」

「なら良かったです」


戦っている間もヘロンが結界を壊そうとするのを感じていて少しヒヤヒヤしていたのだ。


もしアレを殺したあと、ヘロンが結界内にいた場合、あの黒い霧───呪いの次の依代になっていた可能性が高い。


「急なお願いにも対応してくれてありがとうございました」

「…………───セラフィーナ、あの魔物は一体なんだったんだ? それにセラフィーナのあの魔術は……」

「魔物、ですか───。……そうですね、全てはお話できませんが、それでもいいのならお話します」


アレが元人間だと露も思わず、ヘロンはセラフィーナに問いかけた。セラフィーナはそれに少し悲しくなった。


(父さまは───アレが魔物ではなく、人だと言ったら……)


だからこそ、すべてを話すことは出来ない。


「……わかった。それでもいいから、話してくれ」

「わかりました」


セラフィーナはヘロンに抱き上げられ、来た道を戻る道中でアレの出現から張られていた結界、そしてセラフィーナの使った魔術などを掻い摘んで説明していた。


「私が戦ったモノは───平たく言えば魔物に変化してしまったモノ。過去に生きた人間が愚かにも現代にまで及ぼしてしまった成れの果て」

「平たく言えば? では詳しくは魔物ではないのか?」


馬車に揺られながらセラフィーナはどう答えるか言葉を詰まらせた。


「そう、ですね。ですがこれは私の口からあまり言いたくないので……ごめんなさい。もしかしたら、父さまはご自分の力で真実を見にする機会があるかもしれません」

「……そうか。なら大丈夫だ」


ヘロンはそう言ってその問いに対してこれ以上踏み込むことはしなかった。その優しさにセラフィーナは甘えることにした。


(ありがとうございます父さま)


そしてセラフィーナはかつてよく目にしていたアレを思い出し、無意識のうちに手に力を込めた。


(誰だか知らないけれど、ぜったいに許さない。人の命をモノとして扱い、平気で兵器としてドブに捨てる)


なんのためにこの時代に記憶を持ったまま生まれ変わったのか、セラフィーナには分からなかった。けれどこれがそのひとつの要因だと言える。


(大魔術師として決して許さない)


セラフィーナの持てる力を全て使ってでも、この時代に『呪い』を復活させた者を全身全霊で反省させてやる。


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