第16話 あってはならないモノ



セラフィーナは重大な勘違いをしている。


ヘロンが魔物を探知するために使ったものは紛れもない魔力探知である。


ではなぜセラフィーナの背後から近づく魔物の気配に気づかなかったのか。


それはセラフィーナとほかの魔術師の魔力感知度のレベルが違いすぎるからだ。


(あと7体くらいかしら。私の方に来ようとしていた魔物たちは全て父さまの方へと行ってしまったから)


異空間へとしまった魔核を眺めながら、魔力探知で推測する。


ここで話のはじめに戻るが、ヘロンは決してセラフィーナが思うように新種の魔術を使ったわけではない。紛れもなく、セラフィーナが現在進行形で使っている魔力探知だ。


魔力探知とは其の名の通り、自分の魔力を周囲に薄く広げて網を張るような魔術だ。そこでセラフィーナとほかの魔術師とのレベル差が現れる。


セラフィーナの魔力は他を許すことの無い圧倒的な魔力量に濃度、純度を兼ね備えている。すなわち、セラフィーナの前ではいくら魔力隠蔽をかけていようと関係ない。


セラフィーナの魔力探知にはみな等しくありのままで映っているのだから。


けれどそれはセラフィーナのみで起きることだ。他では決してそうにはならない。


魔力探知にとてつもない才能があるか、努力を重ね続けたか、はたまた相手との魔力差が大きくあるか。


これらの条件下で上手くいけば魔力隠蔽をしている個体もさらけ出すことができるだろう。


(あっ、今の父さまの攻撃と追撃上手だわ。今度真似しよーっと)


魔物の血を浴びないように結界を張りながら魔物を狩り続けるヘロンは魔力隠蔽をしていた魔物たちが自分の魔力探知に引っかからなかっただけなのだ。


別にこれは魔物の方が上手ということもあるが、今の時代ではこれは基本当たり前だ。


それを知らないセラフィーナは「うーん……?」と唸りながら未だに考えている。全くもって無駄な努力にすぎない。


「考えても分からないわ。討伐が終わったら父さまに直接聞いた方が早いかも」


元大魔術師は便利な新しい魔術はホイホイと生み出せるようだが、この逆を行く魔術の想定は苦手だったようだ。いや、それ以前にこの考察自体が違うのだから仕方ない。


そろそろ魔物も残り数体となった。待ちに待ったピクニックが近づいていると思い、魔核を回収したことを確認して岩からおりる。


「ふんふふーん」


珍しく鼻歌を歌いながらヘロンに近づく。


「とうさ───っ!」


そして声をかけようとした瞬間、セラフィーナの背筋に冷たいものが走ったと同時に先程までなかった魔力反応が感じられた。


(さっきまでの魔力とは全然ちがう……っ)


すぐさまヘロンに強大な結界を張り、ヘロンの元へ急ぐ。


「父さま!」

「セラフィーナ、この結界は一体───」

「説明はあとです! 今はここから離脱……」


しましょうと言葉を続けようとしたとき、森全体に魔術陣が広がった。


(やられたっ! 何がなんでも先に転移すべきだった……っ!!)


その魔術陣は至って単純な結界魔術だ。しかし普通の結界とは違い、とある条件が付与されていた。


「今度のこの結界は……?」

「……どうやらお客人を倒さないとこの森から出られないようです」


セラフィーナは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


(この結界は解除可能だけど───)


魔力探知で未だに反応がある方向だけを見つめていると、転移魔術の起動を感じた。そして2つあったうちのひとつの反応が消えた。


それでもセラフィーナは嫌な予感が止まらない。明らかに大きな魔力反応は消えたが、それでももう片方の魔力反応はヘロンを軽く超える魔力がある。


(アレを外に出すことになったら大変なことになる)


この結界魔術は結界内に存在する敵を倒すことで結界が解除される単純な魔術だ。もちろん解除も簡単だが、敵を倒さずに解除した場合、その結界魔術は半径3キロ以内にいる最も魔力を持たない生命体を捕獲し、敵と1体1の状態にさせるのだ。


(ここはロアネの端にある森だと言っても3キロ以内ならば村の一つや二つはあるはず。今の人間は昔よりも魔力が少ないからアレと取り残されたら即死は逃れられない)


今も考えているうちにソレはセラフィーナたちの魔力を感じとり、ゆっくりと近づいてくる。そしてヘロンの魔力探知にも引っかかるほどの近さになると、ヘロンは強大な魔力を感知し、言葉を失った。


「なん、だ、この魔力は……」

「父さま、この結界から逃れて一人で転移可能ですか?」


解除ができないのならば、転移で逃げるしかない。しかしまたもや厄介なのは結界内から魔力反応が消えると無条件で先程のセラフィーナの説明通り、誰かが確実に犠牲になる。


「この結界は解除しようと思えばできますが、誰かが私たちの代わりに死ぬことになります。それを防ぐには私たちがアレを倒すしかほかにありません」

「くそっ、全くもって面倒なことに巻き込まれたっ!」

「激しく同意します。ですので父さまは転移可能なら、この場から離脱してください」


現状、セラフィーナの予想通りならヘロンには対処不可能だ。セラフィーナしかアレは倒せない。


(もし予想が当たったら……それは確実に私の失態だ)


死ぬ最後にあんなに息巻いていたのに結局の現状がこれだった場合、セラフィーナはなんとしてでもアレを倒さなければならない。


「何を言っている!? 逃げるなら一緒に───」

「無理です。この結界からふたりの魔力が消えればこの結界の条件を破棄することになり、ペナルティとして誰かが死にます」


かと言ってセラフィーナ思いのヘロンのことだ。いくらセラフィーナが逃げるように言っても決してここから離脱しないことは容易に想像できる。


「だったらセラフィーナが逃げるべきだ。俺はセラフィーナを置いて逃げられないし、そんなことは七賢人として恥ずべき行動だ」

「でしたら協力してアレを倒すしかなさそうですね」

「いやっ、セラフィーナは転移で───」

「あー、転移魔術が使えたらなあ! 使えないのが残念ー! かなしーなあー!!」


ここまでの大根役者はそういないと言えるほどセラフィーナの演技はひどい。けれどこうでもしないとセラフィーナが強制退場させられる。


「そんなはずない。セラフィーナは転移魔術が使えるはずだ。さっきも使っていただろう?」

「はてー? なんのことですか?」

「…………だったら俺が外まで転移させよう。俺が一人残っていれば問題ないのだろう?」


ヘロンは杖をセラフィーナに向けると魔力を込める。そしてセラフィーナの立っている地面に転移魔術陣が生まれた。


「必ず討伐するから待っていてくれ」


なんとも死にに行く人間が最も最後に話しそうな言葉ランキング堂々一位を取りそうな言葉だ。


(父さまが自ら出ないのなら……)


セラフィーナはヘロンよりも魔力を込めて陣を書き換え始めた。


「いつもいい子で天才な父さまの娘であるセラフィーナは今だけとびきり悪い子になります。今すぐこの陣を削除しないと私ではなく父さまが結界の外に転移することになります」


そうしてどんどんと陣がセラフィーナによって侵食されていく。ヘロンは自分の魔力が飲み込まれていくのに気づき、驚きの目でセラフィーナを見た。


「さあどうしますか? 嫌なら私と一緒にアレを討伐しましょう」

「…………っ」

「10……9……8……7……6……」


このカウントダウンはセラフィーナがヘロンの術を書き換え終わるまでのタイムリミットだ。それに気付いているヘロンはセラフィーナを安全な場所へと転移させたい気持ちで抗う。


「5……4……3……」


けれどセラフィーナのカウントダウンは止まらない。


「2……1……ぜ───」


0と言おうとする瞬間にヘロンは杖を下ろして魔力を込めるのを辞めた。それと同時に陣は消え去り、どちらも転移することはなかった。


「ではこれが父さまの選択ということで。準備はいいですか? 駄目でもアレは来ますが」

「はあ……問題ない。あとできっちり説明してもらうぞ、セラフィーナ」

「怖いですよ、父さま」


セラフィーナは先手必勝と言うばかりにおよそ100メートル先にいると思われるモノに強力な風魔術を当て、辺り一体の木々を全て薙ぎ払った。

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