第15話 ヘロンの実力
「すまないセラフィーナ。こんなことなら馬車全体にも結界を張っていれば良かった」
「大丈夫です。ちょっと疲れはしましたが、特に問題はありません」
目を瞑りながらそう答える。けれどゆらゆらと揺れる馬車のなかでは眠ってしまいそうになり、結局はすぐに目を開けた。
(父さまは馬車に結界を張っていればと言うけれど、それでも結果はこうなっていたはずよ)
ヘロンが気づいていたかは知らないが、エドガーが送ってきたあのペンダントには通信と飛行の魔術の他にとある魔術に対抗するための魔術が施されていた。
(だから父さまがなにか策を講じても意味はない)
その魔術というのがヘロンの結界魔術を素通りするという魔術だった。ヘロンの結界魔術は屋敷の結界を見ただけでもわかるようにとても高度で緻密なものだ。
それを破るというのはなかなか骨が折れる。だからエドガーはペンダントに『壊す』のではなく、『素通りする』魔術をかけたのだ。
そのせいでもし仮にヘロンが馬車に結界を張っていたとしても素通りされて結果的にはこうなっていた。
セラフィーナなら誰にも気づかれることなくその魔術を解除可能ではあったが、ヘロンが迫り来る魔力に覚えがありそうだったため特に何もしなかった。
その後少しの間馬車に揺られ、セラフィーナたちはロアネ中心ではなく、端に位置している森へと降ろされた。
「ここで父さまの魔物討伐が見られるのですね」
「やはり今からでも馬車に戻った方が───」
「嫌です。それに魔物討伐なら足を引っ張らない程度にできます」
ヘロンは当初、セラフィーナを馬車に置いていこうとしたが、それに気づいたセラフィーナが先回りをしてヘロンよりも先に馬車を降りていた。
せっかくヘロンの魔術が見られるというのにこんなところで大人しく馬車のなかで待っているだけなどつまらなすぎる。それなのにヘロンはセラフィーナを安全な場所で待機させたいという思いが強く、なかなか森へと入らせてくれなかった。
なんとかお願いをしてセラフィーナは今、森のなかで魔物たちがやってくるのを待っていた。
(数は───ざっと30体ってところね。そこまで大きな魔力反応は無いから心配はないけど)
案外こういうのは力のある人間の近くにいた方が安全なパターンがある。それが今だ。
「父さまの邪魔にならないように後方にいます。父さまが討伐し損ねた魔物やこちらに来た魔物は私が対処しますので、父さまは目の前の魔物をじゃんじんゃん倒していってください」
「セラフィーナの方に魔物は行かせない。結界を張っておくから安心していろ」
「はーい」
そう言ってヘロンはセラフィーナに何重もの結界を張った。正直に言ってこの結界はやりすぎだと思うが、ヘロンのセラフィーナへの親バカが見て取れる。
一応ヘロンに話した通り、セラフィーナはある一定の距離をとって離れた。だからと言って魔物討伐に参加しないわけではない。
(この森は200前から存在している。名前を聞いただけじゃ分からなかったけど、ここに来たらはっきりと分かる。この森は呪いの巣食う場所と言われたところ)
本来ならば200も前の森は今も存在している確率は低い。しかもあの当時の現状では生態系は壊れてしまっていてもおかしくないのだ。
(それなのにこの森は今のなお、存在している。しかも魔物が多く住み着いた状態で───)
セラフィーナは死ぬ間際で輝かしい未来にアレは必要ないと命の灯火を使い果たしてまで根絶させた。
(200年という歳月がアレと似たようなものを突然変異的なもので生まれた? それともただの勘違い?)
この森に入った時からずっと感じている。ただ限りなくゼロに近いため、セラフィーナはそれをはっきりと断定することはできなかった。
近くにあった大きな石を椅子代わりとして座り、ヘロンを見る。もう間もなく魔物が来ることをヘロンも気づいているのだろう。
(さあ、この時代の最強と言われる七賢人の力。お手並み拝見といくわ)
セラフィーナは魔力探知を半径1キロから2キロへと広げ、魔物の動きを予測する。
(父さまを基準に北東約300メートル先に12体。その後ろから中型の魔物が7体)
しばらくその場待機をしていると大きな咆哮が聞こえてきた。そしてヘロンにセラフィーナが感知した魔物が一気に襲った。
(あれはレッドウルフね。彼らは縄張り意識が強いから私たち異物を排除しようと来たのね)
レッドウルフはその名の通り赤い毛皮が特徴の気性が荒い魔物だ。個体ならそこまで脅威では無いのだが複数体ともなると少しだけ面倒な魔物だ。
しかしヘロンはレッドウルフを一瞥するとどこからか出した杖を彼らに向けた。そして杖からは氷結魔術が繰り出される。
(あの杖、どこから? んー、もしかして魔力を込めると大きさを変えるタイプの杖? それにしても七賢人だけが持てる杖っていうのはうつくしいわ)
ヘロンの魔物を倒す手腕は見事なものだが、セラフィーナはヘロンの持つ杖の方ばかりに気が取られていた。
(確かにあの魔核は一級ものね。魔鉱石も。大きさも純度も私が見たなかではトップクラスかも)
デザインも洗礼されており、あの杖を持っていることは一種のステータスとなりえる。
「いいなあ。どうせなら私もあの杖がいいわあ」
杖なんかなくても魔術は使えるが、ヘロンの姿を見ていると使ってみたくなる。
ヘロンの杖を羨ましく思いながら、目の前で繰り広げられる魔物とヘロンの争いをお茶の添え物程度の気持ちで眺めていた。
ヘロンはやはり七賢人という称号を授かっているだけあり、戦い方に無駄がない。
森の中ということもあり炎系の魔術は使わず、氷結魔術や風魔術などの火事にならなそうな魔術で戦っている。
「でもこっちまでは気づかない、か……」
魔力探知を行えばセラフィーナのすぐ後ろに魔物が控えていることくらい分かる。いくら目の前の魔物で手一杯だったとしてもセラフィーナに逃げるように言うはずだ。
「父さまが使った魔術は魔力探知では無いのかもしれないわね」
魔力探知ではないのに魔物の位置は把握していた。だとしたらヘロンはもっと別の魔術を使ったのだ。
「どんな魔術なのかしら」
後ろから襲いかかろうとしていた小物の魔物を氷の槍で刺し殺す。少しだけ遊んであげようかとも思ったが、他にも隠れている魔物がいるため一体一体にそう時間をかけてはいられない。
「あなた達と遊ぶよりも父さまの魔術を予想する方が楽しそうだわ」
「グギャアァアアっ!」
セラフィーナの方へとやって来ている魔物は最初と比べて比較的大きなサイズの魔物もいる。そんな魔物をヘロンの方向だけを見ながら次々と葬り去っていく。
金切り声を上げて命尽きていく魔物は死体が残らず魔力の粒子となって砂のように消えていく。
残るのは魔核のみ。セラフィーナはそれを異空間へとしまい、ヘロンの討伐をまた眺めていた。
「魔力探知ではない魔術はどんなもの? もしかしたら200年の間に新たに作られた魔術なのかしら。だとしたら期待はずれ」
200もの月日があったというのに進化ではなく、退化してしまっている。必ずしも進化するとは限らないのが魔術だが、それでも退化することもほぼほぼない。
「まあなんだって、いいか!」
まだ残っていた魔物を手で薙ぎ払うようにして生み出された風魔術で呆気なく消えていく。
「これも魔核持ちだったのね! ラッキーだわ!」
いそいそと異空間にしまっていくセラフィーナだったが、ここで重要なことを教えよう。
さてここまで魔物を倒しながらヘロンを観察し、魔力探知ではない魔術とは何かをひたすらに考えていたセラフィーナだったが、推論は全くのはずれである。
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