第14話 忘れていた自己紹介
ヘロンとエドガーの話が一旦途切れたとき、エドガーは思い出しように疑問を話した。
『そういえば、お前の娘って名前なんて言うんだ? お前全然名前で呼ばないからさ』
「ちっ、あえて言わなかったんだ。お前に知られたくないからな」
『えー、ひどくない?』
ヘロンに抱っこされたままのセラフィーナはそういえば自己紹介をしていなかったと思い出した。どうせ見えないと知っていながらもセラフィーナは小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、エドガーさん。すっかり忘れていました」
「謝る必要はない。こんなやつに名前を教えなくても問題ない」
「ですが、いつか同じになるかもしれないので」
ヘロンの言葉にブーブーと批判していたエドガーだったが、セラフィーナの言葉に興味を示した。
『同じになる……? それはどういうことだ?』
「ではそのことについて含めて自己紹介します」
セラフィーナはペンダントに向けて自己紹介をした。
「私の名前はセラフィーナ・グローリア・ベラティーナです。七賢人のひとりである父さまの養女となりました。将来は父さまと同じく七賢人になることを目標としています。というか決定事項です。以後お見知りおきを」
『………………お前の娘目標高いなぁ〜』
呑気に口にするエドガーだったが、言葉の端々に驚きが感じられる。
「セラフィーナは天才だから。そのうえ可愛い」
『おいおい親バカは程々にしろよ? まああのじじいよりも嬢ちゃんが七賢人になってくれた方が俺は嬉しいが』
「事実だ。セラフィーナの魔術の腕は同年代よりも頭ひとつ以上抜けている」
『ほーん』
ヘロンの言葉にエドガーは少しだけ興味を持ったように感じられる。その証拠に次に紡ぎ出された言葉はエドガーの面白さが滲み出ていた。
『なら今度俺に会わせてくれよ。魔術の才があるなら俺が推薦してやってもいい』
「断る。お前にセラフィーナを見せるわけがないだろう」
『なんだよ冷たいな。減るもんじゃああるまいし』
「いーや、減る」
どんどん会話のレベルが低くなっていくのを感じながらセラフィーナはどう口を挟むべきか悩んでいた。
(このまま続けさせていいのかしら。というか私の魔術が見たいならわざわざ会いに行かなくてもここから見せればよくない?)
そう思ってセラフィーナは未だに子どものような言い争うをしている二人に声を放った。
「あの、エドガーさんは私の魔術を見たいだけなら今すぐお見せしますよ? 顔は合わせませんが」
『んん? 顔を合わせずにどうやって───』
エドガーが話す前にセラフィーナは転移魔術と水魔術を掛け合わせた。本来なら目の前に放たれる水魔術だったが、それはヘロンもエドガーも予想しない所へと現れた。
『うわっ! なんだこれ! うっ、めっちゃ濡れた……!』
「どうですか? 水鉄砲みたいでしょう?」
イタズラが成功したみたいにセラフィーナはペンダントに話しかける。しかも冷水ではなく、ちょっとだけ温い水にしているのだ。
なんとも言えない気持ちのはずだ。
『………………』
「セラフィーナ? あいつに何をしたんだ?」
「転移魔術と水魔術を組みあわせたものをエドガーさんに放っただけです。攻撃力はないので安心してください」
グッと親指を突き出すが、ヘロンの聞きたいことはそれだけではないのは分かる。
(今の魔術師ってこういう合わせ技できるのかしら。さっぱり加減が分からないわ)
でも濡れたままのエドガーはこの時期で温い水にしたとしても風邪をひいてしまう可能性はある。セラフィーナは指をパチンと鳴らしてエドガーにかかっている水を排除した。
『はっ!?』
「他に濡れてるところは無いと思いますが、一応確認で聞きます。濡れてませんよね?」
『……あ、ああ。きれいさっぱり乾いてる』
「それは良かったです。それで、私の魔術を見てみたいと言っていましたが、満足しましたか? 父さまはエドガーさんのところに行くのを嫌がっていたのでこういった形をとらせてもらいましたが……」
ここまで言ってこれもやりすぎなのだと気づいた。無言のふたりでよく分かる。
(難しいわ。父さまたちにもできると思うのに)
とりあえずセラフィーナはやってしまったことは仕方ないと開き直ることにした。
『……え? お前の娘、すごすぎない? 練習の杖でよくここまで高位な魔術を使えるな』
「使ってない」
『? 使ってないってなにを?』
「杖を」
そこまで聞いてセラフィーナはティオナが上級魔術を使うには杖は必要不可欠だと言っていたことを思い出した。
(あぁ〜、そういうこと。あのとき杖を使わないといけないのねって確認したのに、すっかり忘れてたわ)
単純に練習用の杖で上級魔術を発動させたと思っていることにエドガーは驚いていたようだが、すぐそばでセラフィーナの魔術を見ていたヘロンが驚いた理由はそれではなかったのだ。
「セラフィーナが初級魔術に杖を必要としないのは知っていたが、上級魔術までもいらないとは……」
『それまじ?』
「嘘をついてどうする。誰か得でもするのか?」
『いやしないけど。えーでもそこまでいったら将来有望ってレベルの話を越えてる』
ペンダントの向こう側でぶつぶつと何かを呟いているエドガーに静かに考え事をしているヘロン。
そんなふたりを観察しながら、セラフィーナは早いうちに杖を使った魔術に慣れないといけないと思った。
(いや慣れないといけないって何だろう。わざわざ魔術師の質を下げるようなまねをする必要がさてあるのか。杖無しで問題ないならそれでいいと思うのに)
けれど今世では魔術師には杖が必要だという常識となっている。それに実際に杖がないと魔術を使えないのだ。
(なんでこんなに質が下がったのかしら)
いくら考えても自然の摂理、世界の理だとなってしまえばどうしようもない。世界を進める駒であるセラフィーナは駒としてしか変化を起こせないのだ。
「セラフィーナは誰からか魔術を習ったりしたのか?」
「そんなことはないと私の出自を聞いて知っているではないですか。あそこで誰かに教われる環境にはないですよ」
むしろあのスラム街で魔術を他人に教えるほどの力を持った魔術師がいたのならば、そもそもスラム街になんていない。
けれどセラフィーナは今世では誰からも教わってはいないが前世では少しだけ教わったと言えば教わった。それもちょっとだけだが。
(魔力の基本的な扱い方と魔術の発動方法を教えてもらってからはあとは自分で勉強したから。誰からか教わったと言えばそれくらいなのよね)
だから本当にしっかりと教わったと言い張れるほどのものではないのだ。
「───となると……」
『? なんだ、何かわかったのか?』
「やはりセラフィーナは天才だということだな」
バサッ!と何かが落ちる音がペンダントからしたと思うと、エドガーは呆れたように言った。
『結局はそれか……』
「紛れもない事実だ」
『んーまあそうだな。その歳で上級魔術を杖なしで発動。しかも俺がどこにいるかも知らないのに的確に魔術を当てに来た。これは嬢ちゃんの生まれ持った才能だな』
エドガーの言葉は的を射ている。宝石眼を持っている時点でそれはセラフィーナの才能なのだから。
「では私が七賢人になる日はそう遠くないようですね。父さま、その時は忘れずに私を推薦してくださいね」
「ああ、もちろんだ」
『俺も推薦してやるよ』
現七賢人であるふたりからの推薦状とは少しパワーカードかとも思ったが、使えるものは使う。適度な欲は生きるためには必要なのだ。
「新たな手札を手に入れた私はさらにレベルアップしました。これはもう七賢人当選確実レベルです」
『俺の推薦を手札とか言っている……。やっぱり嬢ちゃんは大物だな!』
手札とか言われて若干引いたような気配を感じたものの、エドガーはすぐにテンション高めにセラフィーナに言い放った。
ヘロンはセラフィーナとエドガーが仲良くなった気配を感じたのか不機嫌そうにペンダントをデコピンした。
「おい、いつこの通信は終わるんだ? 要件は済んだだろ」
『なんだよ冷たいな。俺ともっとおしゃべりしようぜ』
「断る。お前とよりセラフィーナとがいい」
『えー嫌だよ……と言いたいところだが、頼みを聞いてもらうし、今日はこの辺で勘弁してやるよ』
思ったより簡単に引いたなと思ったら、つぎの瞬間上から目線の言葉。ヘロンは案の定、キレそうになっていた。
「と、父さま! もうすぐロアネに着くようです! 降りる準備をしましょう」
「…………そうだな。こんなやつのために神経をすり減らす必要なんてない」
『酷い言いようだな』
ヘロンを落ち着かせようと声をかけて、手を握りしめる。なぜ手を握るのかと言えば、ヘロンはセラフィーナと手を握るのが好きだからだ。
それなのにエドガーは面白そうにヘロンに油を注いでいく。
(あーもう! いい大人ふたりがなんでこんなにも言葉遊びのレベルが低いのよ!?)
別にふたりの仲が良くなろうと、悪くなろうとセラフィーナには全く関係ない。けれどセラフィーナに被害が出そうになるのは大変面倒だ。
こうなったらエドガーから早く魔術通信を切ってもらう他ない。
(仕方ない)
セラフィーナは口論とも言えないふたりの会話を聞きながら、静かに口を挟んだ。
「───エドガーさん、こんなことしていていいのですか?」
『?』
「先程魔術を使ったときにちらっと見えたんですが、机の上に書類の山が一つ二つ三つ……。今日中に片付けるべきものでは?」
『うっ……』
しかもそれだけでなく、エドガーは現在部屋に隠蔽魔術を張り、部屋の場所を分からなくしているのだ。恐らく何からか隠れているのだろう。
「父さまがエドガーさんの居場所を知らせる前にこの通信を切るべきかと」
『これ以上面倒事はゴメンだ! ヘロン、嬢ちゃん、また今度な!』
セラフィーナの一言であんなに会話を引き延ばそうとしていたエドガーは嘘のようにサッと通信を切った。それと同時にペンダントも消えた。
(嵐のような人だわ……)
ヘロンも疲れたのか、セラフィーナを膝に乗せたまま背もたれに体重をかけて体をくつろがせた。
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