第13話 羨ましい関係



『はあ? 養女? 誘拐でもしてきたのか?』

「違う。ちゃんと正式な手順で養女にした。これは陛下に許可を貰っている」

『えっ、いつの間に? 俺知らなかったんだけど』

「これもついこの前だ。お前が知らないのは陛下に口止めを頼んだからだ。お前もあまりベラベラと喋るなよ」


セラフィーナは二人の会話を聞いていて、ふと思い浮かんだことがあった。


(この人ってもしかして)


七賢人であるヘロンと気安い関係そうに見え、魔術師としてもレベルが高そうに感じられる。先程ペンダントの声主のせいでヘロンから得られなかった回答が今では分かる気がする。



「ねえ父さま、もしかしてこのペンダントを送ってきた人って、父さまと同じ七賢人ですか?」



セラフィーナはペンダントを指差しながら聞いた。するとヘロンではなく、ペンダントの声主が答えた。


『ああそうだ。俺はヘロンと同じ七賢人の一人、エドガーだ!』

「………………ふーん」

『え、反応うすくない?』

「そうだろうなとは感じていましたから」


というかそんなオーバーリアクションを期待されても困る。誰も彼もが全てのことに驚くとは限らないのだ。


『なあヘロン、お前の娘肝座りすぎてない?』

「気のせいではないですか?」

『いやいや絶対肝座ってるって』

「俺の娘は優秀だからな」

『これ優秀さとか関係なくない?』


エドガーの戸惑いがこちらにも伝わってくる。それを感じてヘロンは少し愉しそうだ。


「それで要件はなんだ。俺たちは今からピクニックで忙しい」

『あー、そうか。でもなあ……』

「さっさと言え」


エドガーが言葉を濁して言わない事にヘロンはいらだつ。だがエドガーはヘロンの態度を気にしている。


こちらからは一切見えないが、ちらちらとこちらを伺っているような気がする。


『えー、言ったら絶対怒るじゃん』

「そうかじゃあ言うな」


ヘロンが軽く切り返すと、エドガーも先程の戸惑いが嘘のように言った。


『それは困るから言う。俺の要件は今すぐロアネに行って魔物討伐と魔核回収だ』

「よしピクニックに行ったら何がしたい?」


エドガーの要件にヘロンは流れるように無視をしてセラフィーナの方を向いた。あまりの流れの良さにセラフィーナはそれに返事をしそうになった。


『ちょ、そんなすぐに切り捨てるなよ! いま頼れるのお前しかいないんだよ!』

「知るか、今日は正式に休暇を取っている。討伐なんてほかの奴らに頼め」


ばっさりと切り捨てられ、ペンダントの向こうですすり泣く声が聞こえてくる。だがどうせ嘘泣きだろうとセラフィーナは感じていた。


(父さまに散々コケにされているのにこんなことで泣くはずがないもの)


でもセラフィーナは話を聞いた限り、エドガーのお願いを聞いてあげてもいいのではないかと思った。


何せセラフィーナたちが向かうピクニックの場所がちょうど帝国のピクニックとして有名なロアネなのだから。


「そもそも俺じゃなくても魔物討伐くらい七賢人なら誰でもできるだろ?」

『そうだけど……大体が別の任務でいないし、俺は……知っての通り忙しいし、あのじじいは無理だろ?』

「ちっ、使えないな」

『だからお前しかいないんだよ〜』


ちょっとだけ可哀想になったセラフィーナはヘロンの服を引っ張り、小さく言った。


「今から向かう場所もロアネなのですから、ついでに魔物討伐もしてはどうですか?」

『えっ、ほんと!?』


ヘロンにしか聞こえないように小さな声で話したつもりなのに、エドガーはセラフィーナの言葉に食いついた。


さっきまで嘘泣きしていたくせに今ではすっかり元気になっている。


(じ、地獄耳……)


もっと用心して話せばよかったと今更ながらに後悔するが、セラフィーナとしてはできれば魔物討伐はしておきたいため結果的には問題ない。


ただヘロンの雰囲気は冷えきったものとなっているが。


(うわあ、やっちゃったわ)


セラフィーナは口元を押えてヘロンとペンダントを見比べる。ペンダントを今すぐぶっ壊したい衝動に駆られるヘロンとケラケラと楽しそうなエドガーは混ぜれば危険なものだ。


いや、既に混ざりかけていてヘロンは爆発しかている。


このままではセラフィーナと初めてのピクニックを楽しみにしていたヘロンがペンダントをぶっ壊し、皇城へと召喚され、さらに怒り狂って暴れるという未来が見える。


(父さまはエドガーさんの予想よりも親バカだから、下手をしたら危険だわ)


ここで何とかできるのはセラフィーナしかいない。


(頑張れ私! 元大魔術師に不可能なんてないわ!)


自分を鼓舞してセラフィーナはペンダントをぶっ壊さんとするヘロンに抱きついた。


「ごめんなさい父さま! 私、父さまがかっこよく魔術を使うところが見たくて……!」

「───!」


ピクリと反応が返り、セラフィーナはさらに言葉を続ける。


「それにこの国の人たちを守る七賢人の父さまは絶対にすごいので、魔物討伐なんてすぐに終わらせられるんじゃないかって……! そしたら私、とっても嬉しいです。だって自慢の父さまがさらにすごくなるから!」

「…………」

「エドガーさんもそう思いますよね? 私の父さまはここで魔物討伐をしたらさらにかっこよくなるって! ね?」

『……!』

「ね???」


セラフィーナは語尾を強めてエドガーに同意するように伝える。すぐにセラフィーナの意図を察したエドガーはセラフィーナの言葉を全面的に支持した。


『嬢ちゃんの言う通りだ。父親なら娘に対していい姿を見せたいだろ? 何よりも嬢ちゃんがお前のその姿を所望している。な?』

「はい。ですから父さま、ピクニックの前に魔物討伐をして、私に父さまの勇姿を見せてください……っ!」


ずっと黙ったままだったヘロンはセラフィーナの言葉を聞くと長いため息をついて、仕方がなさそうに笑った。


「……わかった。かわいい我が娘の頼みだからな」

「! ありがとうございます父さま!」


これで今日の平和は保たれたと大きく安堵した。エドガーもヘロンが依頼を受けてくれることに安心していた。


『いやあ助かった、助かった。断られたらどうしようかと思った』

「そうしたかったが、かわいいこの子に頼まれたら仕方ない」

『そうかそうか』

「ああだから肝に銘じておけ。今回はこの子の頼みだから聞いたが、本当ならお前の頼みなんて聞き入れないと」

『はいはい、分かりましたよ』


全くわかっていないように適当に返事をするエドガーに、ヘロンは良くなった機嫌が再下降しそうになる。


「ちっ、クソ野郎が」

『暴言は子供の教育上、良くないんだぞ?』

「お前が黙れば済む話だ」


セラフィーナは子の短い間で少しだけエドガーを尊敬していた。


(父さまをここまで怒らせるなんてエドガーさんはある意味天才なんだわ)


そう思わずにはいられない会話だ。


しかし同時にケラケラと笑うエドガーと不機嫌なヘロンはそれだけお互いを信頼しているのだと感じる。


(ちょっとだけ、羨ましいかも)


圧倒的な力を持つセラフィーナにはなかなか巡り会えないものだと思った。


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