第12話 ピクニックに行こう



ヘロンに抱っこされて食堂に着いた。てっきりヘロンの帰りは遅いものだと思っていたからいつもよりも多くおやつを食べてしまっていたが、集中して本を読んでいたおかげでお腹がすいていた。


流れるままにヘロンの膝の上に座り、次々と運びこばれる料理を見て目をキラキラさせる。


「セラフィーナはこの肉料理が好きだな」


特に目で追っていた肉料理をヘロンは真っ先に手に取り、小さく切り分けてセラフィーナの皿に乗せる。


噛めば噛むほど肉の旨みがジュワッと溢れ出す。それなのに2、3回噛むだけで溶けちゃうほど柔らかいのがたまらないのだ。


じいっとお肉ばかりを見ていると、頭上から小さな笑い声が聞こえてきた。


「はは、セラフィーナもお腹がすいているようだし、少し早いがもう食べてしまおうか。神の恵みに感謝していただきます」

「いただきます!」


フォークを取って早速お肉を口に運ぶ。


「んん! おいしい!」

「そうか、良かったな」


もぐもぐと食べ進めていく。本当に魔術レベルは上がらなかったが、料理レベルは上がったと肌で感じる。


届かない料理はヘロンにとってもらいながらあれもこれもと食べいると、ふとヘロンは思い出したように言った。


「そういえば近いうちにピクニックに行こう」

「?? ピクニック?」

「ああ、花が綺麗に咲いている今の時期が一番いい。気温もいいし、天気も安定している」

「いいと思いますが……どうしてピクニックに?」


デザートのフルーツタルトを食べながら尋ねる。今が旬のいちごがたっぷりと使われたタルトは宝石のようにきらきらしている。


(あ、このケーキおいしい)


そんなことを思いながらヘロンの話の続きを聞く。


「この前皇城を歩いていると子どもとピクニックに行ったと話していた者がいてな。詳しく聞いてみるとピクニックに行くことで子どもとより一層仲良くなれる、と」

「でも私と父さまは既に仲がいいですよね?」

「そうだが……」


言葉が途切れたことを不思議に思って上をむくと、心做しかしょんぼりとして見えるヘロンが目に映った。


(!? うそ、父さま私とピクニックにそんなに行きたいの?)


驚きのあまりにケーキをそのまま飲み込んでしまった。


(あーでも父さまからすると、私は初めての娘なわけだから娘と多くの思い出を作りたいと考えるのは普通のことよね)


それにセラフィーナもピクニックには行ってみたい。屋敷のなかだけだと、どうしても飽きてしまうのだ。


(よし、ここはひとつ……)


セラフィーナは持っていたフォークを机に置いて渾身の演技を見せた。


「わあー! 父さまとピクニックに行けるなんてとっても嬉しいです!」


そしてぎゅっとヘロンに抱きついた。


(どう? 私の完璧な演技は!)


誰がどう見ても幼い少女が父親とのピクニックを楽しみにしているようにしか見えない。


現にヘロンの雰囲気はすっかり明るくなり、無表情ながらお花が飛んでいるようにも見える。出会った頃の殺伐としたものとは大違いだ。


「そうか、なら仕事が落ち着いたらすぐに行こう。俺が持っている仕事はあと数日で終わるはずだからな」

「ピクニックが楽しみです!」


残りのデザートも完食し、ピクニックへの楽しみを胸にしまって、その日は終わった。




* * *





あれから数日後、セラフィーナはいつも以上におめかしをしていた。


「どう、変じゃない?」

「とても可愛らしいですよ」


鏡の前でふわりとワンピースの裾を持ち上げて確認する。レモン色のワンピースは今の時期にぴったりの色合いで心が軽やかになったようだ。


一昨日の夕食時にヘロンから今日ならピクニックに行けると言うことを聞いており、楽しみのあまりに少しだけ早起きまでしてしまった。


ちなみに今着ているワンピースはマダムマリアが作ってくれた服でヘロンがピクニックに行くためにわざわざマダムマリアに頼んでいたらしい。


(マダムマリアは超人気デザイナーで予約が1年後でも取れないみたいなのに)


七賢人であるヘロンの権力とセラフィーナをミューズにしたマダムマリアによるものがこの短期間の制作を可能にしたのだろう。


侍女に髪を結ってもらい、ワンピースと同じ色のリボンを付けてもらうとちょうど扉が開かれた。


「そのワンピースとても似合っているな、セラフィーナ。マダムマリアには感謝しないと」

「ふふ、かわいいですか?」


やってきたヘロンのところまで歩き、上目遣いでそう尋ねる。するとヘロンは髪を崩してしまわないように注意しながら優しく頭を撫でた。


「もちろん。セラフィーナはいちばんかわいい」

「ありがとうございます、父さま。父さまも私服ですか?」

「ああ、今日は仕事じゃないからな」

「とってもかっこいいです!」

「そう言って貰えて嬉しい。見たところ準備は終わったようだな」

「はい」


侍女からワンピースとセットになっているカバンを受け取り、肩にかける。白いバッグはチャック式で開けるようになっていて結構ものが入る。


ヘロンはそれを見るとセラフィーナと手を繋いだ。抱っこの次に多いこの手繋ぎは親子というものを強く意識させ、セラフィーナは案外これが気に入っている。


「夕食までには戻ってくる」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


侍女に見送られて屋敷の前に用意された馬車へと乗り込んだ。お互いが向かい合うように座ると、馬車は静かに動き出した。


しばらく外の景色を楽しんでいたセラフィーナだったが、目まぐるしく変わる外の景色に酔い、代わりに目の前に座るヘロンをまじまじと見つめた。


(魔力量はやっぱり多い。ほかの七賢人たちには会ったことがないけど、残りもこれくらいの魔力量なのかしら)


前々から感じていたが正直いって、今の魔術師のレベルが正確には測れていない。魔力量が多いと魔術師としてのレベルは高いとなるが、必ずしも魔力量=魔術師レベルとは直結しない。


魔力が少ないものも効率的に魔力を使い、強力な魔術を放っていた。魔力が多くて得をするのは強力な魔術を連発したり、一般的に発動が困難な魔術を一人で発動できたりする点だけだ。


あまりにも多いと逆に魔力をコントロールするのが大変になる。


(どの程度の魔術まで使えるのかしら。近くで父さまの魔物討伐を見てみたいものだわ)


その魔術師の力を測る最も簡単な方法は魔術を使ってもらうこと。魔物討伐や対人戦は魔術師のレベルを測るのが容易い。


そんなことを考えていると、なにか魔力を持った物体が馬車へと近づいてくるのを感じた。馬車よりもスピードが早く、明らかに何者かの意志によってこちらに向かってきている。


ヘロンもそれを感じ取ったのかセラフィーナを自分のところへと抱き寄せた。


(悪意は感じられないけど……)


それでもヘロンはセラフィーナを守ろうと結界を張った。おかげでセラフィーナの周りには何重もの結界がある。


「あの……父さま? ここまでしなくても……」

「いいや絶対にろくな事がない。これはあいつの魔力だ」

「あいつ……?」


セラフィーナが首を傾げていると魔力を持った物体は馬車のなかへと入ってきた。さっきまで高速でこちらに飛んできたのに今ではぷかぷかと馬車のなかで浮いている。


「これって……手紙?」

「はあ……」


手紙に魔術をかけ、ヘロンの魔力を追うように術をかけたものだろう。一般的に用いられる魔術だが、ここまで猛スピードで迫ってくるとは余程急ぎの話なのかもしれない。


ヘロンは未だに浮かぶ手紙を乱暴に奪い、中を開けた。そしてどんどんと顔を険しくさせる。


(いったい何が書かれているの?)


セラフィーナは気になって手紙の中身をこっそりと盗みみようとした時、ヘロンは手紙をぐしゃりと握りつぶした。


「!?」


そして跡形もなく燃やし尽くした。炭すらもふっと息をふきかけて塵にしてしまった。


「と、父さま? 大事なお手紙だったのでは……?」

「いいやあれは大事なものでは無い。故に気にする必要は無い」

「あんなに急ぎでこちらに送ってきたのに?」

「ああ、だから気にするな」


ヘロンにそう言われてしまえばセラフィーナはこれ以上何かを言うつもりはない。手紙の中身は諦めようとした時、また何かが迫ってきた。


「ん?」

「ちっ、しぶといな」


今度も手紙かと思ったら今回はペンダントだった。けれど先程の手紙よりも多くの魔力が込められている。


手紙と同様に容易く馬車のなかへ入ってくると、それはヘロンの前で静かに浮いている。


ヘロンはさっさとそれを燃やそうと手を伸ばした時、ペンダントから声が聞こえてきた。


『おいおい、ひどいじゃないか。俺からの手紙を燃やしてしまうだなんて』

「だまれ、これも今すぐ捨ててやる」

『いいのか? そんなことして。これを捨てたらお前を皇城に召喚するぞ? そういう魔術を仕掛けてある』


おちゃらけたような雰囲気がペンダントの声を通して伝わってくる。


(確かに、このペンダントにはそういう魔術が仕掛けられているわ。ただ、解こうと思えば簡単に解けるけど)


そもそもセラフィーナは今ヘロンが話している相手が誰なのか知らない。こっそり馬車の外に捨てることもできるが、この国の重用人物だった場合、あとから面倒なことになる。


とりあえずセラフィーナは相手を知ることにした。


「ねえ父さま、この人はいったい誰ですか?」

『ん? お前ひとりじゃないのか? そういや珍しく休暇なんて取るからどうしたのかと思っていたら、女でもできたのか? いやでも父さまって───』


ペンダントの声主はそんなことを言ってくる。ヘロンに尋ねたはずなのにペンダントの声主が声を出してしまったため、セラフィーナは自己紹介をした方がいいのか、とても迷った。


『お前まさか、子どもがいるのか!?』


バカでかい声がペンダントから聞こえてくる。結界を通しても大きい声だと感じるのだ。ペンダントに最も近いヘロンはその倍近くの五月蝿さだろう。


「うるさい黙れ。娘が驚く」


現にヘロンは冷たい声で一刀する。


『娘って……お前結婚してないだろ!? まさか……私生児?』

「違う養女だ。ついこの間、養女として迎え入れたんだ。今は娘とピクニックに行く途中なんだ」


ヘロンは少し苛立ったようにそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る