第11話 家庭教師 3
『誰かに理解されるために目指すものではない。私はこの単純な理由だけで、七賢人を目指すんです』
その言葉を聞いて、ティオナはこれほど自分勝手で欲がなく、澄んだ答えを聞いたことがなかった。
「それが…セラフィーナさんの答えですか」
「はい。これ以上もこれ以下もありません」
そのキッパリとした態度もティオナは眩しかった。
「分かりました。以上で質問は終わりです。質問量が多くて答えるの、大変だったでしょう?」
「正直に言えば、ですが」
「最後まで答えてくれてありがとう。今日はここまでにしましょう」
ティオナは机に広げた教科書や杖をしまっていく。
「えっ、授業はしないんですか?」
「したいのですか?」
「楽しみにしてたんです。先生が来るの」
セラフィーナのその言葉にティオナは目を丸くさせる。けれども残念そうに言った。
「それは嬉しいです。でも本当に今日は授業は終わりです」
「そんなあ……」
「ヘロンさまから養女にしたばかりと聞いていたので、まずは文字の読み書きから始めようと思ってていて、そういった関連の本しか持ってきていません。ですので今日はこれ以上授業ができないのです」
そう言われてしまえば、教わる立場のセラフィーナはこれ以上何も言えない。
「……分かりました」
だが明らかにガッカリした様子のセラフィーナにティオナは狼狽えた。
「でっ、でも、そんなセラフィーナさんにこの魔術本があります!」
「!」
ガサゴソとカバンを漁ったティオナは先程しまった魔術本をセラフィーナに渡した。
「私は3日に一度の頻度でセラフィーナさんの家庭教師としてここに来ます。その間、何もしないのは勿体ないのでこの本を読んでください」
慌てて思いついたものだが、セラフィーナの瞳はキラキラしている。それを見て、ティオナは安堵の息を漏らした。
「これは宿題です。次の授業までにこの本を半分読んできてください。ちゃんと読んでるかテストします」
「分かりました!」
「ではこれで失礼します。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました、ティオナ先生!」
ティオナを玄関まで送り、セラフィーナは大事に胸に抱えた魔術本を持って急いで部屋に戻った。
「うふふ、魔術本! どんなときもこれを読むときが楽しいわ!」
ベッドに勢いよくダイブして魔術本を広げる。ほぼ全ての魔術を網羅したと言っても過言では無い元大魔術師でも魔術本を読むのは楽しいのだ。
「基礎と基礎の魔術を組み合わせると、誰も予想もしないものが結果として生み出される。それは魔術の根本を理解していないとできないもの」
だから何度も読むし、何度も理解する。
「魔術師を目指すものが必ずと言ってもいいほど最初に読む本。ティオナ先生はとてもいい本をお持ちのようね。魔術だけじゃなくて、豆知識として歴史の人物やものとかも書かれてあるから」
ページをめくる度にまだ大魔術師として呼ばれる前のことも思い出す。
「すらすらと魔術を習得していく私を見て、誰もが驚いていたのよね。どデカい攻撃爆煙魔術を皇室が所持している野山に放つのを見た彼らの反応は面白かったわあ」
ふふふ、と笑うセラフィーナは楽しそうだ。
けれど話している内容はえげつない。
「皇室反逆罪で処罰されそうになったっけ。でも同じ魔法を放ったらそれも帳消しになったのよね。大魔術師となってからは大体のことは目を瞑って貰えたし」
セラフィーナの魔力量は異次元と呼べるほどに多い。今後一切、セラフィーナに優る魔力量をもつ魔術師は生まれないと断言できるほどに。
その魔力を込めて魔術を放たれたら並の魔術の倍近くの威力を発揮する。
「どぉーんと大きい音がしてからの爆発は迫力あったわ。でもそれだと生態系に影響を与えちゃうからちゃんと魔術で治したのよ」
グチグチとその場で攻めたてられ、セラフィーナは魔力を込めて思いっきり自然を治した。おかげで以前よりもふさふさの森へとなってしまったが。
「───それにしてもこの本、どこかで見たことがあるのよね……。いくら魔術の基礎は変わらないからってここまで同じような本になるかしら?」
セラフィーナは3分の1程度読み進めて、いま読んでいる本があまりにも前世で見た本と酷似していることに気づいた。
「ところどころ違うところはあるけれど、大体おんなじ」
ムクリと起き上がり次のページも次も次もめくっていく。
「……やっぱりこれ───」
そしてセラフィーナの中にあった疑惑が確信へと近づいていく。
本の最後のページを見開き、そこに書かれているものを見てため息をついた。
「───私の書いたものをもとに作られてる……」
割と大きめに『大魔術師シェリア』と書かれている。
「別に著作権をどうこうなんて言うつもりなんてないし、そもそも200前だし。でも、───」
何度か前世でもこういうことはあった。大魔術師シェリアの考える魔術構築理論や魔術基礎合成理論は多くの魔術師の役に立っていた。
それらをほかの魔術師に広げようとした魔術師たちは大魔術師シェリアの理論を自分たちなりにまとめて本を出版していた。
それをシェリアは容認していたし、むしろもっともっと多くの人に知ってもらいたかったからそれを後押ししていた節もあった。
それでも自分の本が広がり、有名になる度にシェリアはちょっぴり恥ずかしかった。
「だって自分が書いたものが巡り巡って自分で読むってことは何度かあって……その度になんか、あーまた出会っちゃった! みたいな感じになるんだもの。武勇とかはいいけど、本は恥ずかしいのよね。自分でかいたものは」
いつもこうなのだ。気づかなければ問題ないが、そもそもの始まりは大魔術師シェリアの本と言っても過言では無い。気づかない方が無理だ。
「まあ今さらだからもういいや。こういうのはそういうものだ、と思い込んで読んだ方がいいのよ」
セラフィーナはキリッと真顔で宣言し、枕を背もたれにして本を再開した。
そしてそこから時間が過ぎた。同じ姿勢でい続けたせいで体が痛くなったため、セラフィーナは少し体勢を変えた。
(今や姿を現さず、歴史上の害悪としての認識しかされていないみたいね)
とある記述を見つけ、セラフィーナは目を細めた。
そのとき、扉がノックされた。
「ん? だれ?」
「俺だ、セラフィーナ」
「父さま!?」
セラフィーナは慌ててベッドから降りて扉へと向かい、扉を開けた。
「おかえりなさい。でもどうしてこんなに早く……?」
「セラフィーナに会いたくて早く仕事を終わらせたんだ。家庭教師の話も聞きたかったしな」
「早く終わらせた……って父さまの仕事は帝国西部に出没した魔物の討伐、及び帝国全域に眠る魔鉱石の確認ではないのですか? 討伐は転移魔術で今日中に終わらせて帰ってくることはできますが、帝国全域に眠る魔鉱石を確認するのは……」
魔鉱石は魔力探知で探すことはできるが、帝国全域となるとそれなりの時間は必要となる。セラフィーナはやればできるが正直やりたくないものだ。
(広大な帝国を魔力探知で探すのは骨が折れる。それを今日中に終わらせたと言うの? んー、でも……)
ヘロンを見てみても魔物討伐で魔力は減っているが、魔力探知をして減ったようには見えない。
首を傾げているとヘロンはセラフィーナを抱き上げた。初めの頃は驚いていたが今ではすっかり慣れっ子になった。
「セラフィーナの考え通り、帝国全域の魔鉱石を探すのは今日中では無理だ」
「ではどうして?」
「別に今すぐというわけではない。それに俺以外の七賢人は他にもいる。そいつらに任せればいい。それにな……」
「それに?」
ヘロンは歩きながら話す。それをセラフィーナは相槌を打ちながら静かに聞いていく。
「俺は娘ができたばかりだ。それも信じられないくらい可愛い娘がな」
「…………」
「娘との交流は何者にも縛られる義理はない」
「父さま……」
セラフィーナは真顔で話すヘロンが心配になった。
(本当に父さま、大丈夫かしら? 前世の両親も私を愛してくれていたけど、このまでの親バカではなかったから)
ヘロンの横顔を眺めながら不安になる。
(そのうち七賢人の仕事よりも私を優先したりして……。はは、いやでもそれはさすがにないわよ)
首を横に振って、そう考え直した。
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