第10話 家庭教師 2



「ここに私の家庭教師がいるのね」


侍女に案内されて屋敷内のいくつかあるうちのひとつの応接室へと着いた。


緊張は特にしていないがドキドキはしている。だってセラフィーナの知らないものをこれから知ることができるのだ。ドキドキしない方が無理である。


深呼吸をして扉をノックした。


「どうぞ」

「し…失礼します」


中から声がかかり、扉を開けた。窓が開いていたため、ふわりと風が舞い、セラフィーナの髪を優しく巻き上げた。


(この人……)


中にいたのはヘロンより少し年上くらいの女性だった。スラリとした身長は飾り気の少ないドレスがとても似合い、優雅な大人の女性だと感じる。


「はじめまして。私はティオナ・フューユ・リリーザルと言います。七賢人ヘロンさまのご依頼で家庭教師の仕事を承りました」


そう言ってティオナは美しく一礼をした。


その姿を見たセラフィーナは同じく淑女の礼で返した。


「はじめまして、ティオナ先生。私はセラフィーナ・グローリア・ベラティーナと申します。以後お見知りおきを」

「……すごい。誰から淑女の礼を? ヘロンさまの話では貴族の出ではないと、そう伺っていましたが……」

「ふふ、女の子にはまだまだ秘密があるものですよ」


セラフィーナの礼を見て驚きを隠せなかったティオナににこりと微笑みかけて楽しそうに言った。


それを聞いたティオナは緊張していた息を吐き出し、力の抜けた声で応えた。


「たしかにそうですね。女性に秘密は付き物です。私は家庭教師として雇われただけなので、セラフィーナさんのことは詮索しません」

「それがいいと思います。私もティオナ先生からたくさん魔術を習いたいので」

「! それは…ヘロンさまからお聞きに?」

「いいえ。父さまはこれからの貴族社会で必要となる一般知識や教養を学べと、それだけでした。魔術の件は父さまが自分で私に教えると言っていたので」


昨日のことを思い出しながらセラフィーナは話す。


「でしたらなぜそのようなことを?」

「だって先生、この屋敷にいる使用人よりも腕の立つ魔術師でしょう? さすがに見たところ父さまのほうが上のようですけど」

「───!」


セラフィーナの持つ宝石眼というのは相手の魔力量や実力、得意な属性などを簡単に測ることができる。


別に宝石眼がなくとも大魔術師であるセラフィーナは鑑定魔術でどうにでもなるが。


「私の想像よりも七賢人のお仕事で忙しい父さまは、自分の代わりとなる魔術の先生も含めてティオナ先生に頼んだのではないのでしょうか。そしてティオナ先生から魔術の基礎を習い、何かしらの基準を超えて父さまから教わる流れになるのではないですか?」

「そこまで考えつくんですね……」

「目はいいほうなので」

「? それはどういう……」

「でも優秀な方に教わるのは楽しみです。よろしくお願いします」


小さな手をティオナの方へと差し出した。するとティオナはすらりきれいな手をセラフィーナの手に絡ませた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


ティオナはセラフィーナに席に着くように言い、授業の準備を始めた。


机の出されたのは紙と教科書、魔術本や杖など。杖はティオナ用ではなく、セラフィーナ用なのだろう。大きさが小さいから。


セラフィーナは先端に飾りがついた杖を手に取った。


(これ……何に使うの?)


飾りには魔鉱石が使われていて、それなりの値が張りそうな代物だ。


ぶんぶんと振ってみてもなにも起きない。


「……?」


セラフィーナは用途が分からずに頭をひねらせていると、それに気づいたティオナがカバンから同じく杖を取りだした。


「その杖は魔術を使うのに必要不可欠なものです」

「必要不可欠……? どうして?」

「ヘロンさまから聞きましたが、セラフィーナさんは初級魔術を杖無しで使っているそうですね」

「はい」

「しかし本来は杖がないと上手く魔力制御ができずに魔術を使えません。初級魔術なら杖なしでも可能かもしれませんが、上級の魔術となってくると話は変わってきます」


ティオナはそう言って開いている窓から中級魔術を放った。大きな氷の剣が杖の先端から生み出され、冷気を感じる。


「…………」

「このように杖があることで体内の魔力をコントロールし、魔力漏れを極限まで防ぐのです」


セラフィーナは杖を呆然と眺めながら、思考が停止されていた。


(えっ? 魔力制御を杖で行う? 確かに何かを媒体にすることで魔術をコントロールしやすくするって言うのは聞いたことがあるけれど……そんなことをしていたら自分自身の魔力制御は一向に成長しないわよ?)


だがセラフィーナはティオナを見て、思い出したのだ。


(そういえば、この時代の魔術は200年前と比べて質が落ちているんだった。200前の魔術師は今の時代の魔術師よりも魔力があったからある程度の魔力漏れは目を瞑れたのかもしれない。でも───)


今の魔術師たちは全体的に魔力が少ない。ヘロンは多い方だと思うが、200前と比べてしまうとどうしてもまだ少ない。


それを補うために杖という媒介を利用し、落ちた質を取り戻そうとしているのだろう。


そこまで考え、セラフィーナは自身の手に握られている杖を見た。


(正直、これがなくても魔術は使える。けれど、今の時代に合わせるのなら、これは必要不可欠みたいね)


くるくると杖を回す。軽く魔力を乗せてみたが、思いのほか魔力の流れは良い。


「成長すれば自分に合った杖を持つこともありますが、練習のうちはその杖を使って魔術になれてください」

「分かりました。先生のその杖は自分で?」

「いいえ、これは宮廷魔術師であるという証の杖です」


セラフィーナの持つ練習用の杖とは違い、大きな飾りは華やかでとても頑丈そうな作りになっている。


「宮廷魔術師……ということは七賢人用の杖もあるのですか?」

「ええ、ありますよ。残念ながらいまは実物をお見せできませんが、七賢人だけが持つことを許されている杖は宮廷魔術師の杖とは比べ物にならないほど美しいです。使われている素材も違いますが、魔術師なら誰もが一度は触れてみたいと思うでしょう」


教科書を開いてとあるページをセラフィーナに見せた。そのページには先端にある大きな魔核を囲むデザインとなっており、魔鉱石が雫のように取り付けられている。


「セラフィーナさんは七賢人を目指していると聞きました。いつか私にこの杖を見せてくださいね」

「父さまから見せてもらえばいいのでは?」

「教え子から見せてほしいんですよ」

「そういうことなら。頑張ります」

「はい、頑張ってください」


杖を机に置いて、ティオナ先生の授業を聞く姿勢をとる。


セラフィーナと話している間にティオナは準備を終わらせていた。


「今日は授業といってもがっちり何かを教えるわけではありません。まずはセラフィーナさんが知っていることやできることを聞きます」

「はい」

「そこからセラフィーナさんに合った授業にしていきます。ですのでセラフィーナさん、今からする質問に答えてください」

「分かりました」


そうしてティオナはメモを取りながらセラフィーナに質問をしていく。


文字の読み書きはできるのか、どんな魔術が使えるのか、どんな魔術を知りたいか。


勉強は好きか、運動は得意か、魔術の他に何を学びたいか。


細かく答えていくセラフィーナにティオナは要点をまとめてメモっていく。


「───最後にセラフィーナさんはなぜ、七賢人を目指そうとしているのですか?」

「なぜ、ですか。そうですね……」

「目的が曖昧では夢は実現しません。なによりも目標がない人間はときに人を傷つけてしまう。特に私たち魔術師は」


なんのために力を奮うべきか理解のしていない人間の力ほど危ういものは無い。それはセラフィーナも理解している。


(でも、なんで七賢人になりたいのかって聞かれても堂々と答えられるものはない)


前世では大魔術師だったのだ。今世では大魔術師が七賢人となった今、元大魔術師が七賢人になるのは自然の流れだ。


けれどもそれをティオナは知らない。


「答えられませんか?」

「こうして尋ねられると、しっくりくるものが見つからなくて……でも強いて言えば」


死ぬ直前に気楽に生きてみたいとは言ったものの、大魔術師としての人生に後悔はない。誰かのために魔術の研究をして、誰かのために魔術を使う。


尽くしてばかりのような人生だったけれど、大魔術師シェリアの周りにはいつも人で溢れていた。


優しい両親に頼れる魔術師の部下たち、そして大魔術師シェリアを称えてくれていた笑顔の絶えない国の民。


一介の貴族令嬢が大魔術師となり、地位が高まるのに賛同しない高位貴族も確かにいた。でもそれ以上に大魔術師シェリアを慕うものたちが多かった。


尽くしてばかりでは無い。大魔術師シェリアも確かに受け取っていたのだ。


「先生、やっぱり私はこの国が好きなんです。だから七賢人になる。理由はそれだけで、私のなかでは十分なのですよ」


200も過ぎればかつての見知った人たちなんてもう居ない。それでも彼らがいたこの国が、セラフィーナはなんだかんだ、とっても大切なのだ。


「誰かに理解されるために目指すものではない。私はこの単純な理由だけで、七賢人を目指すんです」


風で揺れる髪を抑えて、セラフィーナは過去を懐かしむように優しく微笑んだ。









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