第7話 ヘロンによる魔術史の授業



「ではこれから簡単な魔術史の授業を始める。セラフィーナのために後日家庭教師は手配するから、今日は俺の授業で我慢だ」

「はーい」


胸に抱いていたぬいぐるみを隣の椅子を座らせて、セラフィーナは元気に手を挙げる。


その様子にヘロンは満足そうに頷き、手に教鞭を持って授業を始めた。


「セラフィーナの質問から答えようと思う。まず七賢人というのはこの国・ミールナイト帝国を代表する七人の魔術師のことだ」

「七人? なんでそんなに?」

「それは少しだけ魔術史に関係があるんだ。セラフィーナが言った大魔術師という称号を授かった魔術師はミールナイト帝国が始まってからただ一人だけしか冠していない」


用意していた魔術史の本をセラフィーナに見せる。開かれたページには大魔術師シェリアについて書かれていた。


「そのページにあるように大魔術師シェリアさまだけが大魔術師としての称号を得ている。しかし200年前に不慮の事故で命を落としたとされている」

(まああれは私の自己満足でもあったから。あれが後世に残されている方がいやだっからちょうどいい)

「大魔術師を失ったミールナイト帝国は新たな大魔術師を育成しようとしたが……大魔術師シェリアさまを超える魔術師は決して生まれなかった」


パタンと本を閉じて今度は別の本を出てきた。それは宝石眼について記されている本。


「大魔術師シェリアさまが大魔術師としてミールナイト帝国の頂点にいたのは天性の才能と宝石眼があったからだ。どれだけの月日が流れようともこのふたつを持つ魔術師は生まれなかった。───いやそもそも宝石眼は選ばれし者しか持っていない代物だった」

「じゃあ大魔術師シェリアが亡くなって以降、宝石眼を持った人はいなかったのですね」

「ああ。けれど大魔術師シェリアさまより力は劣るが、一般的な魔術師よりも力のあるものは産まれてくる」


そうだろうな、と話を聞いていてセラフィーナは思う。恐らく世の摂理というのは至って単純だ。


大魔術師シェリアのような圧倒的な力を持つものをひとつの時代に生まれこさせ、その時代の駒をひとつ進める。そしてまたある程度の月日が経つと同じように大魔術師となりえるものが生まれ、同じ時代の駒を進める。


こうして世界は生まれ変わり続けている。


それでも大魔術師がいない時代というのは存在する。それを埋めるために魔術師以上、大魔術師以下のものたちをこの世界に誕生させているのだろう。


(ここまで来れば、もう先の話はわかる)


セラフィーナは黙って話を聞いていた。


「そこで帝国は七賢人という七人の魔術師を大魔術師の代わりとして設立したんだ。今は記録が薄れてしまい正確な情報は分からないが、七賢人は並の魔術師20人分の力を持つものが七賢人となれる。大魔術師シェリアさまがどうだったかは不明だがな」

「じゃあ父さま、ミールナイト帝国の最高峰の魔術師のひとりなのですね」

「そうだな。七賢人になればそれなりの特権が与えられる。それを目当てに七賢人を目指すものも少なくないだろう」


そう言って教鞭を机に置いた。結局その教鞭は何に使ったのかは定かでは無い。だってヘロンはそれを使って何かを指し示して授業をしたわけではないのだから。


(飾りとか……?)


だがそこまで気になるわけでもないため、セラフィーナは華麗にスルーした。


(でも父さまの話をまとめると、今は大魔術師じゃなくて七賢人っていうものに変わっているのね。……七賢人の特権ってなんだろう?)


話の最後にでてきたことを思い出し、セラフィーナはヘロンに質問した。


「ねえ、父さま。父さまは七賢人なんでしょ? じゃあどんな特権が与えられているのですか?」


隣に座らていてぬいぐるみをお膝の上に乗せる。もうこの肌触りなら離れられそうもない。


「ん? 特権?」

「はい。特権です。七賢人になるかならないか、それで決めようと思うので」

「そんな簡単になれるものでは無いが。それよりも特権だったな。正直いって、俺もよくわかってない」

「え……?」


ヘロンはセラフィーナの頭を撫でながらキッパリと答える。それにセラフィーナはぽかんとしてしまった。


(特権がわからないってそんなことある?)


ふつう、七賢人になった当初に説明でもされるだろう。でもそこでセラフィーナはまた思い出した。


(あーでも、父さまは自分の興味のあること以外はなんだっていいんだった)


七賢人になったのも魔術関連で何かあって、その拍子にトントントンと上手く物事が進み、いつの間にか七賢人になっていたのだろう。


「……でしたら、特権に値するようなことは何か思いつきませんか?」

「そうは言われてもな。……あ、でもあいつらから聞いた限りでは、余程のことがなければ皇帝陛下からお願いを聞いてもらえるそうだ」

「あいつら?」

「俺と同じ七賢人だ。どいつもこいつも変人ばかりだかな」

「魔術師なんてそんなものですよ」


でもヘロンの言葉を聞いて、七賢人はとっても魅力的な役職だと思った。


(なんでも叶えてくれるって素晴らしくない? 一生働きたくないですって言えば働かなくてもいいのかしら?)


元大魔術師からすれば七賢人になるなんて朝飯前だ。


(よし決めた! 今世は大魔術師じゃなくて七賢人になるわ!)


大して変わるものでもないと思うが、セラフィーナの今世の目標は七賢人となった。


「父さま、さっそく七賢人になりたいのですが。どうすればなれますか?」


むぎゅっとぬいぐるみを抱きしめてヘロンを見上げる。ヘロンはというと、セラフィーナの言葉に驚きを隠せないようだ。


「今から七賢人に直談判しに行けばいいのですか?」


セラフィーナの言葉にそうだ、と言えばそうしかねないほど、今のセラフィーナは猪突猛進が感じられる。


「セラフィーナ、ちょっと落ち着こう」

「私はいつだって落ち着いてます」

「そうか。だが七賢人というのはセラフィーナが思っているほど簡単になれるものでは無い」

「……それは私の才能でも?」

「才能云々の前に七賢人になるには七賢人の誰かから推薦状を貰わないといけない。それに加えて12歳以上でなければいけない」

「あー、そうですか」


年齢のことを持ち出されてしまってはセラフィーナはどうしようもない。なぜならいまのセラフィーナは8歳であり、七賢人になる条件の12歳以上を満たしていないのだから。


「じゃあ4年後ですね」

「それでもまだ無理かもしれない」

「なぜですか?」

「七賢人は自主引退制なんだ。誰かが引退しなければ七賢人選考会は開かれない。だから4年後になっても七賢人になれるかどうかは分からないんだ」


なんとも困った制度だと思う。


(自主引退って……。死なない限り引退しないでしょ)


つまり現状、セラフィーナが七賢人になるには七賢人が寿命を迎えるまでありえないということだ。


「……そうですか、分かりました」

「すまないな」

「別に父さまが謝る話ではないです。ただ七賢人選考会が開かれたら私のことを推薦してくださいね」

「セラフィーナが魔術の勉強を頑張っていたらな。約束しよう」

「お願いしますね」


セラフィーナとヘロンはお互いの薬指を絡ませて約束した。



(七賢人に早くなりなかったけど、しょうがない。まあいつ七賢人選考会が開かれてもいいように、準備はしておこう)



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