第6話 お部屋をゲット
セラフィーナは並んでいる使用人を一人一人眺めていた。それで彼らにとある共通点を見つけた。
(もしかしてここにいる人たちは元は優秀な魔術師? または現在進行形で魔術師か。どちらにせよ街で見かけた人たちよりも魔力が多い)
セラフィーナを除いて、このなかではヘロンがいちばん魔力量が多いが、残りの面々もそれなりにある。
(魔術師としての熟練度も高そうね)
じいーっと見ていたらまたしても予告なしにヘロンに抱っこされた。
「うわあっ!」
そのせいでまた間抜けな声が出てしまった。セラフィーナは元凶であるヘロンを睨んだ。
睨んだと言ってもぬいぐるみに顔を埋めてその隙間から見るだけだったため、ヘロンは可愛さ攻撃が直撃しただけだった。
「先程も言いましたが! 急な抱っこはやめてください。びっくりします」
「んんっ、しかし父親が娘を抱っこするのに許可がいるのか?」
「抱っこはいいんです。ただ急に抱き上げられるととってもびっくりするんですよ!」
「そうなのか?」
いまいちピンときていないヘロンに対して、セラフィーナはどうしたらいいか考える。するととってもいい例を思いついた。
「そうです。嫌ですよ私。抱っこがびっくりのショック死なんて」
もちろんそんな死を迎えるつもりは毛頭ないが、セラフィーナの驚きを表すにはこれが最もわかりやすい。現にヘロンは渋顔を作っている。
「そうか……。気をつけよう」
「気をつけてください。もう」
(ん……? 視線?)
セラフィーナはゆっくりとその先を見ると使用人たちがずっと二人を見ていたのだ。
(あ……、すっかり忘れてた)
急にこんなに会話をし始めたふたりに使用人たちは開いた口が塞がらない様子だ。
「……ヘロンさまはお嬢さまのことをとても大切にされておられるのですね」
そのうちの一人、パッと見て魔力量が使用人のなかで多そうな人が尋ねてきた。周りと服装が少しだけ違うことから使用人を纏める立場にいる人物なのかと想像出来る。
「そうだ。なんといってもセラフィーナは可愛いからな」
こんな親バカ発言がされてもセラフィーナは動揺することなく、小さく欠伸をする。
「父さま、そろそろ次に進まないとずっとここにいることになります」
「そうだな。ではセラフィーナに紹介しよう。クリス、ロレッタ」
ヘロンに名を呼ばれた二人は一歩前に出た。その内の一人は先程ヘロンに質問した男性だ。
(彼がクリス。そしてこっちがロレッタ)
ふたりとも魔術師として食っていける程度の魔力と素質がある。
「はじめまして、お嬢さま。俺はクリスと申します。この屋敷の統括執事兼ヘロンさまの領地代行も務めております」
「はじめまして。私はロレッタと申します。屋敷の品位維持や侍女たちの管理を行っております。大雑把に言えば、この屋敷に関すること全てを任されております」
ふたりとも随分と若い。なんならヘロンと対して年が変わらない気がする。
まあそんなことはこれからの生活に影響ないから聞く必要は無いが。
「これからよろしくね。クリス、ロレッタ」
「「よろしくお願いします」」
ヘロンはセラフィーナと使用人たちの顔合わせが終わると中へと入っていく。
エントランスには大きなシャンデリアがあって入口をめいいっぱい照らしている。壁は白色で塗られていて全体的に明るい印象を受ける。
ただところどころに変な骨董品があることが唯一の欠点だ。こういうのを見るとヘロンが設計し、作ったわけではないというのが分かる。
(全然趣味じゃなそうだもの。ところで───)
「どこに向かっているのですか?」
「セラフィーナの部屋だ」
「私の部屋?」
ヘロンはそれだけ言うと階段を昇って行く。ちょっとだけ螺旋階段みたいになっているのは好感度が高いと思う。
実を言うとセラフィーナはこういった面白い構造をした建物が好きだったりする。
(あとで秘密部屋とか探さなくちゃ)
道順を覚えながら屋敷を見ていくと、ヘロンはひとつの扉の前で立ち止まった。そしてドアノブを回して中にはいる。
いちばん陽当たりがいいのか、扉を開けるとたくさんの光が差し込んでいた。
「! かわいい……」
「気に入ったか? ここが今日からセラフィーナの部屋だ」
そっと降ろされたセラフィーナは開放的な大きな部屋に釘付けになる。
無駄な装飾品はないがパステルカラーで彩られた部屋はとっても可愛い。ベッドの隣にいる大きなクマのぬいぐるみも可愛い。
とにかくどこをとっても可愛かった。
(前世はこんな部屋に住めなかったから)
大魔術師としての品格を保つために王族と似たような部屋に住まわされていた。こんな感じの部屋にして欲しいだなんて言える雰囲気でもなかったし。
「気に入ったようだな。安心した」
「この部屋も私の知らせと一緒に?」
「ああ。可愛い部屋にしてくれと頼んでおいたんだ。クマのぬいぐるみは被るとは思っていたかったが」
「どちらも可愛いので好きです。ありがとうございます」
セラフィーナはベッドの横に座っている大きなクマのぬいぐるみに向かって走った。そしてギュッと抱きついた。
(おおー! やわらかい! もふもふだあ!)
大きさもあるため今の身長ならこの子をベッドにしても寝れる。
「俺の娘はやはり天使のようだな。いや、天使なのかもしれない」
「可愛いのは認めますが、天使ではありませんよ。私は魔術師です」
「そうだな。天使だったらずっと居られないから困る」
こんな発言をされてセラフィーナはちょっとだけ不安になった。
(将来、詐欺とかに引っかからないわよね?)
「父さまはもう少し他人を疑うことを覚えた方がいいかもしれません」
「俺がこうなるのはセラフィーナだけだ」
「それが不安なんですよ。今日会ったばかりだっていうのに」
そう、これが問題だ。ふつう今日会ったばかりの子にここまで心を開くものなのだろうか。
セラフィーナには経験のないことだからちょっとよく分からない。
「例えそうだとしても関係ない。セラフィーナは可愛い。その上、魔術師としての才能もある。これだけ十分だ」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものだ」
そう断言されてはセラフィーナとしてはこれ以上何かを言うことはできない。
(まあ父さまが詐欺に引っかかりそうになったら私がそいつを懲らしめるから関係ないか)
ぼふんとぬいぐるみに寄りかかり、セラフィーナはヘロンを見上げた。
そこでふと思い出したことがあった。
「そういえば───」
「ん? 何かあったか?」
「別段なにかがあったわけではないのですが、ずっと気になっていたことがあって」
「なんで聞いてくれ。娘の質問には答えられるだけ答えよう」
そう言って胸を叩いたヘロンはセラフィーナに頼られて嬉しそうだ。
「七賢人のひとりが愛娘の質問に全身全霊で───」
「全身全霊じゃなくて大丈夫です」
ただの質問に全身全霊をかけられても困る。
「それよりも私の質問はひとつだけ。その七賢人ってなんですか?」
「え……?」
「ずっと七賢人、七賢人って。大魔術師っていう称号はないんですか?」
「どうしよう。セラフィーナの質問に答えようと意気込んでいたのに、あまりに予想外の質問に面食らってる」
「なんかごめんなさい」
質問したこちらが悪く思えてしまう。
「いや大丈夫だ。ただびっくりしただけで」
「そうですか……」
「……まだ食事の時間まで時間があるし、少しだけ魔術史の授業をしよう」
そうして唐突にセラフィーナの魔術史の授業は始まった。
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