第5話 新しいお家
セラフィーナは今、振動がほぼない馬車のなかにいる。
(いつの間に馬車を用意していのだか)
店を出たあとすぐにセラフィーナはヘロンに抱っこされたままヘロンの用意した馬車に乗せられた。
そしてあっという間に馬車は動き出し、次々と景色が変わっていくのを窓から眺めていた。
「それで、この馬車はどこに向かっているのですか?」
窓の外の景色に興味を引かれながら、セラフィーナの向かい側に座るヘロンに尋ねる。
「屋敷だ。セラフィーナの家になる場所でもある」
「屋敷……。大きいのですか?」
「いや皇城よりも少し小さい」
「それって大きいんじゃ?」
「そうなのか?」
「…………」
思わず半目になってしまったのは仕方ない。
(父さまってものの大小が判別できないとか?)
セラフィーナは空中に氷を生み出した。ひとつはセラフィーナの手のひらサイズ、もうひとつはヘロンの手のひらサイズのものだ。
「どちらが大きいと思いますか?」
「左だな」
「じゃあこれは?」
「両方同じ大きさだ」
何度かこうした問いかけをしていると、別にヘロンが大小の判別ができないわけではということが分かった。
(じゃあなんで屋敷の大きさは分からないのかしら)
こんなことを気にしてもしょうがないわけだが、一度気になってしまったものは解明しないとずっと気になってしまう。これは魔術師あるあるなのだ。
「セラフィーナは魔力制御が上手いな。魔力量自体は普通の魔術師より少し多いくらいに見えるのに魔術発動時に無駄な魔力が一切ない」
「そうですか?」
「ああ、セラフィーナは将来、私を超える魔術師になれるかもしれないな」
ちょっと熱のこもった声色にセラフィーナはピンと来た。
(父さまは魔術と自分が気に入ったものしか興味が無いんだ)
だから屋敷の大きさなんて眼中にないのだ。さっきの氷の大きさ比べは魔術でつくられていたから答えただけなのだ。
「とりあえず父さまを目標にして頑張りますね」
「仕事がない日は俺が付きっきりで教えるからな」
「すくすくと上達しそうです」
セラフィーナは優しく微笑むヘロンを見て、同じく微笑んだ。
* * *
しばらくして景色が変わったかと思うと馬車は徐々に減速していき、やがて止まった。
「着いたようだな」
「ここはまだ道端ですよね?」
「まあ理由はすぐに分かる」
乗せられた時と同じようにヘロンに抱っこされるとヘロンの言葉の意味が確かにわかった。
(結界魔術ね。それもとっても緻密な)
屋敷を覆うこの結界は魔術をかけた本人、つまりヘロンが許可した人物以外は入れないようになっている。
「ここに手のひらを乗せて」
両腕で抱えていたぬいぐるみを左腕だけで支えて、右手を差し出した。言われた場所の結界に触れると一瞬だけ魔力が吸い取られた気がした。
「!」
「驚いたか?」
「はい。これは父さまが結界に触れた魔力を許可することでその人物も通れるようにするものですね」
「そうだ。俺が許可しなければそのまま弾き飛ばされ中には入れない」
ヘロンがセラフィーナの魔力を許可したことにより、さっきまで触れることができた結界には今では触れることができない。
恐らく結界はセラフィーナの魔力を感知し、素通りしているのだろう。
「便利な魔術ですね」
「おかげでバカみたいにアポ無しで訪問してくる輩が減った」
「父さまのところにアポ無しでくるなんて礼儀知らずですね」
「まあ俺も結婚しろと言われている身だからな。年齢もそうだし。それで貴族令嬢がやってくる」
困ったようにため息をもらすヘロンはセラフィーナが見てきた人のなかでも整っている部類に入る。
(七賢人がどういうものか知らないけど、これだけの財力があるわけだし玉の輿ってことね)
ちなみにセラフィーナも前世は大魔術師だったということもあり、縁談は数多く存在していた。けれどセラフィーナ自身結婚に対してあまり興味がないのと、結婚するなら自分よりも強い人がいいかもと言葉を漏らしたせいで無理に縁談を強いられなくなったのだ。
(別に結婚なんて無理にしなくてもいいと思うのに)
これではパーティーに行ってもろくなことがないのは容易に想像がつく。
(ちょっとかわいそう)
今日あって初めてヘロンのことが可哀想だと思った。だからセラフィーナはドヤ顔でヘロンに言った。
「では次からは無礼な訪問者がいたら私に教えてください。優しくて可愛いセラフィーナがお相手して差し上げます」
「なんでセラフィーナに?」
「父さまは私にメロメロだと言うことを見せつけてやるのです。ちなみに父さまは私に甘いので私が父さまの結婚を嫌だと思ったら結婚しないというほどの親バカという設定も追加します」
「───! ははは、そうかそうか。なら可愛いセラフィーナにお願いしよう」
「任せてください」
こうしてセラフィーナはヘロンの盾役となった。
「ではそろそろセラフィーナに屋敷を見てもらおう」
「ここから見ても十分大きいですね。父さま、この屋敷は大きいですよ」
「そうか。覚えておこう」
セラフィーナとヘロンは門と屋敷を繋ぐ長い道を歩く。一つ一つ詰め込まれた石の道は白と黒の二色で造られている。
(とっても綺麗なお屋敷ね。でも……)
庭や噴水、オブジェなどを揺られながら見ていくと、セラフィーナはとあるひとつの疑問が浮かび上がった。
「そういえば父さまがこの屋敷をつくったんですか?」
「いいや、これは七賢人になったときに皇帝陛下から下賜されたものだ。どうしてそんなこと?」
「なんとなくです。父さまは魔術以外は興味がないのにお庭のつくりは細部までこだわっているし、屋敷も。父さまがつくったにしては出来がいいな、と」
「…………」
「あっ、これは悪口じゃないですよ」
急に黙ってしまったヘロンに対して、セラフィーナは急いで対応する。
「でも父さまがこの屋敷を気に入っているのはわかります。至るところに魔術の形跡がありますから」
「……そうか。さすが我が娘だな」
とりあえず気を良くしたことにセラフィーナは安堵した。
(でも気に入っていると思うのは本当。だってこの屋敷には魔術攻撃が効かない結界が張られているから)
ここまで緻密に結界を張るのは大変だっただろうにと思う。
「───ところであの人たちはあそこで何をしているのですか?」
ずっと前から見えていた入口に列を成した集団。けれども敢えて口には出さなかった。
(ちょっと面倒そうな気がしたから)
でもこれほど近づいてしまっては無視なんてできない。
「父さまはいつもあんな歓待を受けているのですか?」
「まさか、俺がそれを喜ぶ人間に見えるか?」
「いいえ全く」
だとしたら考えられることはひとつだけ。それにずっとセラフィーナを見ているのだから余計にひとつだけだ。
「セラフィーナが着替えている間に魔術で娘ができたことを伝えたんだ。それで使用人総出で出迎えているんだろう。俺の娘は愛されてるな」
「ただ気になっただけだと思いますけど」
けれどこの状態で挨拶するのは礼儀としては良くない。セラフィーナはヘロンに降ろしてもらった。
「いま帰った。それと娘を紹介する、セラフィーナ」
「はじめまして、セラフィーナです。どうぞよろしくお願いします」
淑女の礼をしようかと思ったが、スラム街で育った少女にそれはできないと思い、ふつうに頭を下げるだけにした。
「娘といっても今日養女にした子だが。それでも俺はセラフィーナを娘のように思っている。皆もそのつもりで頼む」
ヘロンの優しそうな笑顔に並んでいた使用人たちは驚きを隠せない。それほど彼らの主は笑ったことなどないのだ。
それを今日会ったセラフィーナが引き出したとなれば、使用人たちはセラフィーナに感謝しかない。
(この屋敷に、暖かい春がやってきたようだ)
そう思ったのは一人だけではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます