第4話 お洋服を買いに行きます



「さて、まずは服を買いに行くか」

「服……?」


ヘロンがコーヒーを飲み終わるのをあとから運ばれてきたクッキーや牛乳を飲んで待っていたとき、彼は突然に言い放った。


「なんで服を買いに行くことに……?」

「なんでって、セラフィーナ。今の君の格好じゃ、スラム街で育ち、人攫いにあった哀れな少女にしか見えない」

「だって事実ですし」


ついさっきあった出来事のため、セラフィーナは興味なさげに答える。


「事実って、人攫いにあったとでも言うのか?」

「だからそうですって」

「は……? いつ?」

「ここに来る前」


このお店の紅茶クッキーはなかなか美味しい。牛乳と一緒に食べると、ミルクティーみたいな味になって結構ハマる味をしている。


夢中になりながら食べているとヘロンは呆れたように言葉を漏らした。


「それで、その人攫いはどうしたんだ?」

「魔術で返り討ちにしました。本当は半殺しにしようかなあっと思ったけど、可哀想だからチョットお仕置して終わったんです」

「───はあ……」


セラフィーナはハムスターのようにクッキーを詰め込みながらヘロンを見た。会った時と比べてだいぶ疲れているように見える。


「疲れてます? このクッキー美味しいですよ?」

「いいや、甘いものは特段好きじゃない」

「そうですか」


まあコーヒーしか飲んでいないからそんな気はしていた。


「どうやら俺の娘は予想を上回ることをしてくれているようだ」

「そうですか?」

「ああ、まさか人攫いを魔術で返り討ちにするとは。これは将来が楽しみだな」

「父さまが驚くほどの将来をお見せしますよ」


牛乳を一気に流し込んで、セラフィーナはドヤ顔で言い放つ。


「本当に、いい娘を持ったな」


ヘロンも同じくコーヒーを一気飲みして、今度は優しくセラフィーナの髪を撫でた。



ちなみにお会計をしたときに、セラフィーナが予想していた金額の倍以上していて驚いたのは内緒にしておこう。


(随分、高級なところでコーヒーを飲んでいたみたいね。父さま)


お金を支払ったのはヘロンのため、セラフィーナは特に口出しすることもなくそっとその場を離れた。




* * *




店を出て一本先の道に出ると、そこはさっきの喫茶店のような場所ではなく、多くの洋服店が集まっていた。


(ここは……)


セラフィーナは行き交う人たちも含めて大きく見渡す。


「ここでセラフィーナの服を見繕う」

「……顔に似合わず、こんなところも知っているのですね、父さま」

「失礼だな。皇城は噂が行き交う溜まり場だ。何もしてなくても自然と耳に入ってくるだけだ」

「なるほど」

「ほら、行くぞ」


魔術師らしいヘロンのマントを掴みながら、セラフィーナはあとに続いた。



着いた先はこのストリートで一番華やかなお店だった。


(これがいわゆる高級ブティック店)


前世は大魔術師を示すローブばかりを着ていたため、なかに着る服なんて適当に選んでいた。


(こういうショッピングって少し憧れてた!)


ヘロンは分厚いガラスで作られた扉を開ける。扉の上には鈴が付いており、振動でカランカランと小さく鳴る。


「服を買いに来た」


ヘロンがそう一言話すと、店にいた従業員は掴んでいた布をばっと離してすぐさまヘロンの元へ急いだ。


「これはこれは! ヘロンさま! 七賢人のおひとりであらせられるヘロンさまにお越しいただき感無量です!」

「そうか。それで今日は娘の服を見繕いに来たんだが……」

「娘……?」

「はら挨拶しろ」


ヘロンは後ろにいたセラフィーナを前に出した。ちなみにずっと後ろにいたセラフィーナは物珍しそうに店のなかを見ていた。


「……!」

「はじめまして。娘のセラフィーナです」

「───これはっ……! これはっ……! とんでもない逸材だわ!!」

「は……?」


ひょこりと顔を出したセラフィーナを見た途端、彼女はふるふると震え始めた。そして声を聞いて興奮が抑えられなくなった。


「ヘロンさまったら! こんなに可愛い子をいったいどこに隠していらしたんですか!?」

「えーっと……」

「はっ! 失礼しました、お嬢さま。私はマリア。この店のオーナーです。マダムマリアと呼んでください」

「わかったわ、マダムマリア」


世の中にはまだまだセラフィーナの知らない性癖を持った人がいるものだと、思い知った。


「お嬢さまは天使のようですね。 あっ、そういえば新作がちょうど入っていました。きっとお似合いになりますよ。ささ、こちらへ」


勢いに飲まれるままセラフィーナは別室へと案内される。ちらりと後ろを振り向くとヘロンは手を振ってセラフィーナを見送っていた。


着いた部屋は2階にあり、1階の売り場とは違う場所にある。


(VIP用の部屋とか?)


シンプルな造りだが落ち着いた色合いをしており、マダムマリアの品の良さが窺える部屋になっていた。


「あちらのソファーに座ってお待ちください。ただいま服を持ってきますね」


そう言ってマダムマリアは扉をパタンと閉じた。残されたセラフィーナは言われた通りソファーに座って待つ。


(ふかふかだあ)


ちょっとだけソファーの上で跳ねて遊ぶ。ついでに魔術で創った動物たちとも遊ぶ。


「もふもふだわあ! 癒される〜」


水魔術と幻影魔術を組み合わせて創っている動物たちは本物と遜色ないほど精巧に創られている。


動物を飼うことができなかったため、前世はこうしてもふもふを供給していたのだ。


「さすが私。こんなに素晴らしい魔術の使い方を生み出すなんて」


いろんなもふもふに埋もれながらセラフィーナはぐでんとしていた。まさに至福のとき。


そのとき扉がノックされた。恐らくマダムマリアが戻ってきたのだろう。


「残念」


セラフィーナは魔術を解除した。一瞬にして霧のように消えていったもふもふを見たあとに入室許可を出した。


「どうぞ」

「失礼します、お嬢さま。お待たせいたしました」

「そんなに待ってないから大丈夫」


セラフィーナはソファーから立ち上がりマダムマリアのところへ歩いていく。


「はあ……っ、やっぱりお嬢さまにはこの服がお似合いです」


そう言ってマダムマリアは一着のドレスを差し出してきた。


「これはフリルが少ないのですが代わりにレースをふんだんに使っており、私の自信作となっております。ぜひとも試着してみてくだい!」

「え、ええ」


今着ているボロ布のような服を脱がしてもらい、持ってきてもらったドレスを着ていく。


その前にマダムマリアによって清浄魔術をかけてもらったが、事前にセラフィーナ自身がかけていたため魔力の無駄で終わってしまった。


まだ子どもにはコルセットなんていう体を締め付けるものは付けないためそう時間もかからずにドレスは着終わった。


「どうですか? とってもお似合いだと思いますが」

「すごい……。こういうのはあれだけど、本当に私に似合ってる」

「そうですよね!?」


マダムマリアの興奮は置いておいて、鏡に映る自分をよく見る。


桃色のドレスはふんだんにあしらわれたレースにより何重にも裾が広がっている。深紅と白のリボンは花のように形づくられていて、それがところどころに散りばめられている。


全体的に儚げな印象を持たせつつ、セラフィーナの銀髪と赤い瞳により意志の強さも感じられる。


まさにセラフィーナのためのドレスのようだった。


「仕上げにこちらをお持ちください」

「! ふわふわ」

「ふふっ、ではヘロンさまに見ていただきましょう」


マダムマリアに渡されたものを大事に胸に抱き抱えながらヘロンが待つ1階へと降りた。


ちらほらと他にも客がいたが、セラフィーナが降りてくると強力な吸引力のようなもので目が離せなかった。


「どこの令嬢かしら? 所作がとても美しいわ」

「ぜひうちの家門に来ていただきたいわ」


ざわざわとする下を一瞥しただけでセラフィーナはヘロンに声をかけた。


「───父さま」

「どう───っ! これは……すごいな」


ヘロンの瞳に映るセラフィーナは間違いなく天使のようだった。


桃色のドレスとセラフィーナの銀髪は上手く調和されていて、間違いなく可愛い。


それなのに胸もとに抱えるセラフィーナよりも一回りだけ小さいクマのぬいぐるみ。


「かわいいですか?」

「ああ、可愛いよ」

「ふふん! そうですか?」


可愛いと言われて嬉しそうに頬を染めてぬいぐるみに顔をうずくめる姿も可愛い。


「マダム。セラフィーナが今着ている服とぬいぐるみ。それとセラフィーナに似合いそうな服をあと20着程度選んで屋敷に送ってくれ。金はいくらかかっても構わないから、セラフィーナにいちばん似合うものを」

「かしこまりました。マダムマリアの名にかけて、お嬢さまの服を全身全霊で選ばせていただきます」


両腕でしっかりとぬいぐるみを抱きしめながらヘロンたちを見上げていると、ふいに抱き上げられた。


「うわあっ」

「軽いな。帰ったら好きなものを作らせよう。たくさん食べさせないと」

「急に抱き上げないでください。びっくりしました」

「すまない。あまりにも可愛かったから、つい」


ヘロンに寄りかかりながら苦言を呈す。


「ついさっきできた娘が可愛すぎて、早速親バカになりました?」


ぬいぐるみをもふもふしながらヘロンに尋ねる。するとヘロンはセラフィーナを見ながら言った。


「ああ、娘とは可愛いものだな」

「そうですか。では父さまのために可愛い娘になりきります」

「なりきらなくても十分かわいい」

「ふふん!」


セラフィーナはそのまま抱っこされて店を出た。見送りに来たマダムマリアはセラフィーナに熱い視線を寄越した。


「お嬢さまはこれからも私のミューズです! お嬢さまのために服を作り続けます」

「次も楽しみにしてるわ」

「はい!」


ヘロンはセラフィーナの頭を撫でて歩きだした。


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