第3話 保護者発見



なるべく人通りの多い場所へと出たわけだが、シェリアの目的とする人物はいない。


(それなりに腕の立つ魔術師がいいのよね。同じ魔術師のほうが気が楽だし)


魔力探知で魔術師を探すが、やはりシェリアの望む程度の力を持った魔術師はいなかった。


どうやら200年という月日は人々の魔術意識すら低下させてしまっているようだった。


(前世のほうがまだ今より魔力を持った平民が多かったわ。今の彼らは……前世の半分くらい?)


それでも魔術師になれる魔力を持ったものも存在する。


「けれど全然足りないわ」


ずっと立ったままでも見つからないと思い、シェリアはとりあえず帝国の中心である皇城を目指すことにした。


「あのあたりまで行けば何人かは見つかるでしょ」


小さな足を懸命に動かして、スラム街を出た。




* * *




「この辺りはあまり変わっていないわね。ちらほら店は変わっているようだけれど」


皇城付近まで歩いたシェリアは見覚えのある街中を探索していく。いわゆる老舗と呼ばれるお店は大魔術師シェリア時代からあったもので、とても懐かしい気持ちになる。


「でもなんでさっきから同情とか侮蔑とか、そんな多くの感情がこもった視線ばかり来るのかしら」


すれ違う人々はシェリアを見るとだいたいその二択の視線を向ける。


「謎だわ。私が何かしたわけでもないのに」


何度もちらちらと見てくるためシェリアはとうとう近くの脇道へと入った。皇城に近いためもあって、スラム街とは違い綺麗に整備されている脇道はゴミひとつ落ちていない。


「このままじゃ一向に見つからないわ。さすがに皇城内に侵入するのは良くないと思うのよね。バレずに侵入できる自信はあるけれど」


壁に寄りかかりため息をつく。仕方がなくシェリアは魔力探知の範囲を半径1キロから2キロへと拡大させた。


やろうと思えばこの国全土までできるが、情報量が多すぎて、魔力制御が大変なのだ。


その上シェリアは魔力隠蔽も魔力探知の魔術の上に重ねているため、やせ細った今のシェリアではこれ以上の範囲拡大は得策ではなかった。


「見つかるかしら」


一人一人の魔力量を見定めていく。


すると、一人だけ皇城内で感じる魔力量より少し多いくらいの魔力量を持った人物を見つけた。


「ここから東に1キロとちょっとか」


すぐに転移魔術を発動させ、近くに転移した。


(ここは───)


どうやら目的の人物は喫茶店や雑貨店が並ぶこのストリートにいるみたいだ。


「まあ魔力探知ですぐに分かるけど」


シェリアは真っ直ぐに三店舗先にある喫茶店を目指した。そこにはテラスでコーヒーや紅茶を楽しむ何組かの客がいた。


店に入る必要がないことに手間が省けると思い、ズカズカとテラスへ足を踏み入れる。その瞬間に周りはシェリアの存在に気づき、なんとも言えない表情をする。


しかしシェリアの目的とする相手は静かにコーヒーを飲んでいるだけでこちらを見ようともしなかった。


(あえて無視しているのかしら? まあ別に構わないけれど)


シェリアはすぐそばに立つと声をかけた。


「───あの」

「君は……」


まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。ほんの少しの驚きを示したが、すぐになにもなかったかのように返答した。


返答してくれたことに安心しつつ、彼女は言った。



「私を養女にしてくれませんか?」



けれどあまりに突拍子のない話に目の前にいる男はコーヒーカップを手に持ったまま動かない。声をかけられるだけでも予想外に違いないのに、脈絡のないこの言葉は何よりも目の前の男を驚かせた。


「養女にしてくれたら、それなりの見返しを約束します。ですから養女にしてください」

「…………」

(あれ、おかしいな。返事がない)


ここまで来ればおかしいのは相手ではなく、シェリアだということは誰だってわかる。


初めて会った、初対面の見知らぬ子どもにいきなり養女にして欲しいと頼まれ、「大歓迎です」なんて答える人がいるわけがない。


そんな人がいるとしたらよほどの変態か、シェリアがさっき会った人攫いくらいだろう。


おまけにシェリアは前世で今回のような頼み方をして一度も断られたことがない。だからこそ、今回も前世に倣い、同じように頼んでしまった。


「君は……自分が何を言っているのか分かっているのか?」

(あら、魔力圧)


20代半ば程度に見える男性はシェリアの言葉で一時停止をしたものの、もっていたカップをソーサーに置いてシェリアに問いかけた。


一般人なら震え上がり逃げてしまうほどの魔力圧をまだ幼いシェリアにかけることも込みで。


(けれど残念。私には効かないわ)


シェリアはクスっと笑い、自分の魔力圧で相殺した。


「!」

「私も多少なりとも魔術が使えます。悪い拾い物じゃないと思いますけど」


そのまま彼の向かいの席に座る。


「よいしょ。……私はただ、成人するまで保護者となる人を探しているだけにすぎません。成人したらきれいさっぱり養子縁組は解消します」

「………」


それでも彼はシェリアを見たまま答えない。


(うーん、彼は諦めた方がいいのかしら。なかなか良い魔術師だと思うのだけれど)


諦めて次に行くか、粘り強く交渉するかで迷いながら、シェリアは空中に生み出した水を使って遊ぶ。


猫や犬、お菓子や杖など魔力を込めて練り上げるだけで簡単なものが作れる。


シェリアはこういった魔術が案外好きだったりする。その様子に目の前の男は目を細めた。


「いとも簡単に魔術を使うのだな」

「?」


水遊びに夢中になっていると、急に声をかけられた。


「いくら初級の魔術だからといって、そんなふうに自由自在に操るのは熟練の魔力制御が必要になる」

(そんな大それたものじゃないけど)

「それを年端のいかない子どもが使うとは」


元は大魔術師であるシェリアにとっては朝飯前の魔術にすぎない。


それを知らない目の前の彼はとてつもない才能を秘めた少女に見えるのかもしれない。



「いいだろう。君を養女にする」



そう言って席をたち、シェリアの横に立った。長い紫色の髪に髪色よりも少し濃い瞳の整った顏を持つ魔術師。


(魔力制御してこの魔力量。どうやら私は運がいいみたい)


シェリアは心のなかでほくそ笑んだ。


「今日から君の養父になるヘロンだ。ミールナイト帝国七賢人のひとりでもある」

「七賢人?」

「ああ、それで君の名前はなんて言うんだ?」


200年前には聞かなかった称号にシェリアは興味を引かれたが、ヘロンから名前を聞かれて戸惑った。


(なまえ、考えてなかった……。シェリアは前世の私の名前。この身体の名前じゃないし、そもそも名前なんてあるの?)


スラム街で生まれた少女だ。名前なんて付けられずに育った可能性が高い。


「なんだ、名前がないのか?」

「そうですね。見ての通り、まともな生活を送ってきたわけではないので」


ばっと手を広げて生まれてからの状況を遠回しに伝える。するとヘロンは眉をグッと寄せた。


「?」

「そうか、なら養父である俺がつけよう」

「お願いします」


特に名前にこだわりなんてないため、シェリアは名前付けてもらうように言う。


「君は……そうだな」


ヘロンはシェリアをまじまじと見つめた。


「銀髪に赤い瞳、か」

「…………」


本来のシェリアの瞳は宝石眼。この世に唯一であり、ふたつと無い世界の始まりと終わりを宿した朝焼けと夕焼けの瞳。


それをここに来る前に魔術で赤い瞳に変えていた。


(これはとても特殊な魔術でかけてあるから、この時代の魔術師では見破れないし、解けない)


にこりと微笑みながらヘロンを見上げた。


「ふむ。君の名前は今日から『セラフィーナ』だ」

「セラフィーナ……」

「古代語で天使という意味合いがある。それに意志が強い人という意味もあるため、今の君にはぴったりだ」


ヘロンは大魔術師シェリアもといセラフィーナの頭を乱暴に撫でた。


「うわっ、ちょっ、何をするんですか」

「いやなに、独身で娘ができるのは不思議な感じがしてな」

「だからなんですか。私の髪がぐちゃぐちゃになっちゃってるじゃないですか」


ペしりと手を叩き落として手櫛で髪を整える。


(魔術師には変人が多いというけれど、初対面の少女の髪をぐちゃぐちゃにするなんて、だいぶいかれてるわ)


初対面で養女にしてくれと言ったセラフィーナも大概だが、それを棚に上げて不満を漏らす。それでもセラフィーナは今日付けで父親となったヘロンに対して挨拶をした。


「はあ……えーっと、養女となったセラフィーナです。これからどうぞよろしくお願いします……父さま?」

「ああ、父親のヘロンだ。よろしく、我が娘。セラフィーナ」



何はともあれ、セラフィーナは無事に保護者を発見し、養女となった。

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