第2話 保護者を見つけよう



ミールナイト帝国の英雄、大魔術師シェリアはどんな人物だったかと尋ねられると、帝国民は彼女を称えるように口を開く。


「あのお方はまさしく魔術の申し子。この先、あの方ほど魔術の才を持ったものは現れないでしょう」

「暗闇に包まれていた帝国を救った尊きお方です」

「今の生活魔術も大魔術師さまのおかげで平民である私たちにも容易に使えるようになりました。帝国の生活水準は他国を凌ぐほどの高さですよ」


などなど、大魔術師の威光を口々に話す。



そんな大魔術師シェリアは今やスラム街のゴミ箱の影に隠れて悶々と悩んでいた。


「んー、転生っていう概念は私の時代からもあったものだけれど、魂は肉体が死んだら自然とその場から離れ、また輪廻の輪に乗るとされていたから」


小さくなった手をグーパーと握ったり開いたりする。


「魂の観測は可能でもそれを操ることはできないから、昔から輪廻転生はおとぎ話とされていたのよね」


どうやらこの身体は前世の大魔術師シェリアであったころと同じ程度の魔術が使えるようだ。目元から感じる強い魔力も恐らく宝石眼のせいだろう。


「誰かの生に無理やり乱入したわけではなく、もとからこの身体は私の生まれ変わりだったようね。でも宝石眼は記憶が戻ってから目覚めたのかしら? じゃないととっくに人攫いにでもあって売り飛ばされていただろうし」


それほど宝石眼の価値は高い。前世からもそうだった。大魔術師として名が知れ渡る前まで、つまり幼少のころ、シェリアは何度も人攫いにあってきた。


「まあ魔術で全員ぶっ飛ばしていたけれど」


それでもそれができたのはシェリアの両親が伯爵という位を持っており、シェリアを攫おうとした輩を徹底的に懲らしめていてくれていたからだ。


だから段々とシェリアを攫う馬鹿な連中も減っていった。あとはシェリアの強大な魔術を恐れたからもある。


「だけれど、今の私には強力な後ろ盾がないのよね。別になくても生活はできるだろうけれど、後ろ盾があったほうが何かと便利なのは違いない」


シェリアはそう思って、とりあえず後ろ盾となってくれる保護者を探すことにした。


その場で立ち上がり、人通りの多い所へ移動しようとした時、突然後ろから腕を掴まれた。


「へへっ! こりゃ上玉か?」

「顔の造りはともかく、この髪色ならお貴族サマにも売れるんじゃないかぁ?」

「はあ……、まったく」


このいかにも雑魚キャラのような見た目をした二人がずっと近くにいたのは分かっていた。


(別に見てるだけならそのままにしておいたのに)


シェリアは面倒くさそうに振り向いて彼らを見上げた。その瞳にはその辺の毛虫を見るような色しか宿っていない。


しかし当の二人はシェリアのその感情に気づくことはなく、シェリアの瞳を見て驚きを顕にした。


「……なっ、まさか宝石眼かっ!?」

「だとしたら売っちまうのはもったいなくないか!? それによく見るとお貴族サマにも引けを取らない顔立ちだ」

「本当だ。……どうする? 一旦連れ去るか?」


こそこそと話しているが、本人に聞こえているのならばこそこそ話すなんて馬鹿らしい。


(あっ。宝石眼、隠すの忘れてたわ)


シェリアは掴まれていない方の腕で目元に軽く触れる。今からでも隠そうとしたとき、頭上から声がした。


「よし、まずはこいつを連れていくぞ」


どうやら話し合いが済んだらしい二人は結局にして、シェリアを連れ去ることにしたようだ。愚かな選択をしたものだと、強く思った。


「止めておいた方がいいと思うわ。殺しはしないけど、半殺しにはするから。いま逃げるなら軽く痣を作らせる程度で許してあげる」


シェリアは初めにそう忠告した。これはシェリアなりの優しさのつもりで言ったものだ。それなのに彼らはその忠告を一笑する。


「ヒャハハハ! なんだこのガキ? 今さら命乞いかァ?」

「安心しろよ、お前には価値があるから殺しはしない。殺しは、な?」


そう言ってシェリアの腕を掴んでいた男はもう片方の腕も掴もうと手を伸ばす。そのとき、シェリアは魔術を使った。


「あっ?」


男は認識する前にシェリアの魔術によってその場で昏倒した。


「お、おい! 一体どうしたんだよ! 何が起きて───」

「さあ、次はあなたよ」


わざとらしく指をパチンと鳴らしてただの魔力を濃縮したものをぶつける。


「へ……? ───ぐふうっ!」


綺麗にみぞおちに入れられ、もう一人の男も地面に伏した。積み重なるようにして倒れた二人をしゃがみこんで観察する。


「んー、さっき言ったように半殺しにする? でもねえ……」


白目を向いて倒れているふたりをこれ以上にボコボコにするのはさすがに気が引ける。別に脅しで言っただけで本当に半殺しにするつもりなんてないのだ。


「その代わりに記憶をいじる程度で許してあげる」


ふわりと微笑んでシェリアは倒れ込んでいる男の額にツンと触れた。記憶操作はシェリアの宝石眼を見たということを消すだけ。


「下手をしたら廃人になっちゃうかもしれないからね。そんなヘマはしないけど」


パチリと魔術を成功させるとしゃがみこんでいた体を起こした。そして魔術で二人を浮かせ、壁に寄りかからせる。反省させるために万歳ポーズをさせて腕を壁に固定させた。


「あとは───」


魔術で彼らの服にとある文字を書き込んだ。手枷も文字も一時間程度経ったら消えるものだ。


「次に人攫いしようとしているところを見かけたら、本当の半殺しにしてあげるからね」


幼い少女に似合わない微笑みを浮かべて、その場を去った。



彼らの服には大きく目立つようにこう書かれていた。


『かわいい女の子たちを攫ってメイド服を着せることが趣味の変態です。こんなことしてすみませんでした』


治安維持のために徘徊していた騎士がこれを見つけ、すぐさま連行されたことはシェリアは知らない。



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