【養女セラフィーナの回顧録】 転生した大魔術師は七賢人の養女となりました。魔術を極めた養女さまは最強です!

茉莉花

第1章

第1話 はじまり



「まさか、こんな最期になるなんて」


雨に打たれて、太陽の光を詰め込んだような美しいプラチナブロンドの髪は見る影もなく色褪せている。


最も高貴な瞳である宝石眼も左目はなく、もう右目は度重なる魔術の行使により以前のような輝きはない。


「まあでも、ひとり残ってもしょうがない。結局、助けることはできなかった…………うっ、ゲホっゲホッ」


手のひらで覆ってもそこには血がべっとりと付いていた。内蔵が大きく傷ついたことがありありと分かる。


脇腹からの出血もひどい。なんの処置もしなければこのまま命尽きるのは時間の問題だ。


「はあ……もっと気楽に生きてみたかった」


ポツリとそんな言葉を零した。力無くその場に立っていると目の端にゆらりと動く影を感じた。ちらりと横を見るとその黒い影が集団のように集まり、嵐のような勢いで彼女に向かってきた。


「挙句の果てに残骸がまだあるなんて」


結界を創り出してそれらの侵入を防ぐ。ドォーンと大きな衝撃が結界内の彼女を襲った。


「……っ、残念ながらこれをそのままにして、はい死にました、とはいかないのよ」


けれどもいまの彼女にはこの黒い影を打ち消す力が残っていなかった。それでも彼女は力を込め続ける。


「史上最強の大魔術師であるシェリアとしての矜恃が許さないわ」


残った右目を限界まで見開き、シェリアは自らの灯火すら使って力を使う。


じくじくと心臓が熱い。まるで誰かに握られているかのように痛い。早く自由になりたい。


「ゲホっゲホっ……はあ、はあッ」


シェリアは魔術陣を展開する。その瞬間にも黒い影は刃のように目の前ある結界を壊さんとする勢いだ。


「おとなしくっ、していなさい!」


手を大きく振り下ろして濃縮された魔力の圧で押しつぶす。一瞬だが、それで黒い影の動きは止まる。


それを見逃さず、シェリアは残りの魔力と生命を使って魔術陣と魔力を周辺へと広げていく。


「さあ、跡形もなく消してあげる。こんなもの、輝かしい未来には必要ないものよ!」


大魔術師シェリアだからこそできる魔術。


高濃度の魔力と複雑に絡み合った緻密な術式。それが空にまで浮かび上がる。



「さようなら。忌まわしき───」



そう一言発すると、地面と空に浮かぶ広大な術式がカチャリと組み合わさり、膨大な光を発して周辺を包み込んだ。


黒い影はその光に当てられ、パラパラと崩れ落ちていく。倒れ込む寸前にそれを捉えた。


(これで……大丈夫……)


命の灯火を使い切った大魔術師シェリアは世界を救い、美しい宝石眼を二度と開けることなく、その生涯を閉じた。




* * *




───そのはずだった。


「……生きてる?」


それにしては記憶の最後よりも小さな手に薄汚れた格好。病を持っていそうな体色をしたネズミに柄の悪そうな大柄の男たちがその辺に転がっている。


(ここは……)


大魔術師シェリアが目覚めた場所は俗に言う、スラム街だった。


辺りを見回してもシェリアの知る場所ではない。こんな場所をシェリアは知らない。


「……まさか、ね」


シェリアは状況確認のためにぺたぺたと歩き出す。歩く度に全身に魔術をかけ、薄汚れた体を綺麗にする。


「これ……」


近くに落ちていた新聞を拾うとそこには『帝国歴528年』と書かれていた。


「はあ、やっぱり」


魔術で綺麗にしたおかげでさらりと流れる銀髪は屈んだ拍子にシェリアの前へと落ちてきた。


それすら今のシェリアにとって、あるひとつの仮説を証明する証拠だった。


「200年の時間が過ぎている。……これほどの月日が流れた上に明らかに子供の身体に見慣れない銀髪」


さらつやの銀髪を一房持ち上げてため息をつく。


「───転生、かあ……」


大魔術師シェリアは200年という月日を経て、生まれ変わった。




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