波乱⑦

「とにかく、発言には充分気をつけてくれ。君は、その、藍良じゃないんだ」


沈黙が流れる。


目の前のアイの表情を見てハッとする。


彼女は、小さい子が泣くのをグッと我慢するかのように、下唇を噛んでいた。

そして、小さく「‥気をつけます」と笑った。


遠くから山岸が走ってくるのが見え、俺と哲也くんは少し離れる。


「ごめん、お待たせ!あれ、何かあった?」


「え?」


「何か、悲しそうな顔をしてるから。‥あ、これ」


山岸がポケットからハンカチを差し出してアイに渡す。


「あれ、いやだ、ごめんなさい」


アイは涙が溢れている事に驚き、手で拭っている。


その手に山岸はそっとハンカチを置いた。


その光景を見て、胸がざわついた。


嫉妬。そうかもしれない。


「さぁ、行こうか。次は観覧車に乗らない?」


「‥はい」


アイは明るい声を出して、席を立ち二人並んで歩き出した。


兄貴、と袖を引っ張られる。

哲也君は苦い物を食べたかのように顔をしかめていた。


「俺は、兄貴に感謝していやす。兄貴は魂の恩人ですから」


「‥そんな言葉、聞いた事ないよ」


「兄貴が救ってくれなければ、俺はずっと後悔したまま彷徨ってやした。だから、感謝っす」


まだ、何か言いたげだ。


「恩人だからこそ、大切な人になったからこそ言いやす。俺と姉御の肉体は確かにそれぞれ違いやすが、魂はここに存在しているんです。だからその、その事実も認めてください。兄貴から否定されると、この上なく辛いんす」


「否定したわけじゃあ‥」


「あ、分かってやす。でも、一瞬、そう感じたんす」


我儘ですね、と哲也くんは笑った。


二人の存在を認識しているのは俺しかいない。

俺は、いち早く藍良を元に戻したい。勿論、哲也君も。


その為にはまずは知らなくてはいけないのかもしれない。


後悔したままこの世を去ったアイと、テツヤという人間を。


でも、何の手掛かりもないのにどうやって知ったら良いんだよ。


「兄貴、スマホ鳴ってやせんか」


哲也くんにそう指摘され、俺はポケットの中に入れていたスマホを取り出した。


金木からだ。


「もしもし?」


『あ、もしもし?急にごめんね。今、電話いける?』


「うん。どうした?」


『いや、ちょっと気になることがあって。ほら、山岸くんの事なんだけど』


「山岸?」


金木が休日に電話を掛けてくるのは珍しくない。

でも、よりによって山岸の名前が出る事に、何だか不穏な気配を感じた。


『うん。あのさ、噂なんだけどね。今日、山岸と藍良さん遊園地でデートしてるみたいなの』


「‥へぇ。何でそんなこと知ってるんだよ」


『まぁ、私にも色々なコミニティがあるからね。それで、ちょっと良くない噂を聞いてさ』


金木は一瞬躊躇しながら、言葉を続けた。


『山岸くん、女の子をホテルに連れ込んで、その‥』


「え?は?なんだって?」


最後の方が聞き取りにくく俺は聞き返す。


『だから、女の子をホテルに連れ込むんだって!』


何を、言ってるんだ。


金木も酷い冗談を言う。

そう笑い飛ばそうとしたが、無理だった。


金木は、そんな冗談を言わない。

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