波乱⑤

「いやぁ、大きいっすねぇ」


「本当に。こんなに大きかったっけ」


「あれ、アニキは来た事があるんで?」


「小さい頃に、一度だけ」


へぇ、と何か感動したようにテツヤ君が拍手をした。


そう、まだ母が元気だった頃に家族で一度だけ来た。

まだ小さかった妹がジェットコースターに乗れずに泣いていたっけ。

ジェットコースターに乗れた俺は、そのまま得意気に母の手を引いて列に並ぼうとしたが、母は乗らなかった。

妹に取られたと思って、当時も酷い言葉を投げかけて父親に叱られた記憶がある。


「にしても、多いな」


「ホントっすね。そう言えば、今日の目的って何でしたっけ」


テツヤ君は人混みに紛れ、そのまま行方が分からなくなりそうだったので手を取った。


「すいやせん」


少し気恥ずかしそうに笑う。

入場ゲートはすぐ近くに見えるのだが、人が多くて中々前に進まない。


「目的って、そんな大袈裟なものは無いけど‥。強いて言うなら、興味があったからね」


「遊園地にですかい?」


「いや、幼馴染に」


そういうと首を傾げるテツヤ君。考えるように顎に手を置いて首を傾げていたが、「あぁ!」と納得したかのように頷き、俺の手を強く握って「恋ってやつですかい」と小指を立てた。


「テツヤ君。君は何歳だい」


「今は四歳児っす」


「生前は?」


「あー、腸のあたりまで来てはいるんですが」


「まだまだ思い出せそうにないな」


そんな会話をしながらも、入場ゲートまでようやく来れた。チケット売り場でお金を払おうとするので「いいよ、ここは」と俺が言うと「駄目に決まってるじゃないですか!金の切れ目は縁の切れ目っす」と断固拒否した。


「いや、でもそれ、哲也君のお金だろ?」


そう言うと、口をあんぐりと開けて、恐竜柄の財布にあるお金をマジマジと見ている。


「しかもそれ、お年玉袋じゃないか?」


恐竜の財布の中にはお年玉袋が折り曲げられて入れられていた。


「いや、ですが‥」


「いいよ。連れてきたのは俺だし」


「‥かたじけねぇ。俺とした事が、自分の金だと思い込んでやした」


深々とお辞儀する園児。『あ、あのぉ』と受付の女の人が奇妙な光景に少し震える声で声を掛けてくる。


俺は「す、すみません」と二人分の料金を払って、そのまま中へと入った。


「アニキ、金はいずれ」


「それはいいよ。また何かの形で返してくれ」


「分かりやした。5600円分の働きをしてみせやす!」


「生々しいわ。そんなことより、アイだ。‥あれ、いないな」


「連絡はきてないんで?」


俺はスマホを取り出す。すると、10分程前に「先にご飯を食べてます!」と場所と共に連絡が来ていた。


「場所が分かった。行こうか」


「‥へい」


力なく返事をしたテツヤ君の視線の先には、ジェットコースターが映っている。


「乗りたいの?」


「な、何言ってんすか!乗りたくねぇすよ。大体俺はまだ身長が足りないですし、ま、まぁ、コイツの身長でも乗れる乗り物もあるでしょうからね。時間があれば」


「やっぱり乗りたいんじゃないか」


「いや、身体が疼くんす。乗らないと、夜も眠れそうに無いっす。これは、コイツの怨念っすよ」


身体を借りている身で随分な言い草だ。俺は苦笑しながら、また時間があればと言うと「コイツの為に、ありがとうございやす」空手家のように両手を合わせて礼を言った。


君の正体がますます分からないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る