波乱④

何でこうなった。


翌日の昼過ぎ。


俺は今、つい最近知り合ったばかりの幼稚園児と電車の中で揺られている。


「アニキ、見てくだせぇ。やっぱ電車は早いっす」


窓の外を眺めながらテツヤくんが言う。


周りにいる何人かの大人は俺たちを見てクスクスと笑っている。


恥ずかしくて今すぐ降りたい。


俺は静かに、という合図を出すと、お口チャックの仕草をした。


アイよりは聞き分けがあるのかもしれないが、このテツヤと名乗る人物も中々に大変そうである。


今、彼はとても年齢にそぐわない格好をしている。

サイズが合っていないサングラスに小さなジャケット。そして髪はジェルで固めているのかオールバック。


何を意識しているのかは知らないが、もし仮に大人しめの友人がこのような格好をしてきたら、全力で何かあったのかを聞くだろう。


困った事はもう一つある。


テツヤくんは正義感が強すぎるのか、自分が許せないと思うと実際に行動をしてしまうようだった。


突然、歩き出したかと思うと優先座席に座っていた小学生くらいの男の子に対して「あんちゃん。優先座席って知ってるかい?」とサングラス越しで睨みをきかせて話しかけていた。


小学生の目の前には、足腰の弱そうな年配の女性が目を瞑りながら電車の吊り革を掴んでいる。


「譲ってさしあげな」


「いいのよぉ」と笑顔で答えた女性だったが、その小学生はハッとした表情で慌てて立ち上がり席をどいて隣の車両に移動した。


「さぁさぁ、ご婦人」


「ありがとうねぇ。でも、悪いことしたねぇ」


「遠慮しないでいいんす」


「しっかりしたお子さんだねぇ」


何だろう。決して間違ったことを言っていないのに凄く違和感がある。


物珍しさから写真を撮っている者もいた。


写真は困る。しかしここで言えないのが俺だ。そう言う意味では、テツヤ君のこの行動が羨ましくも思えた。


ふと、彼は生前どんな生活を送っていたのだろうと気になった。


彼の場合は、格好だけではなく行動までもが突発的で読みにくいが、色々と表現している所からも生前の記憶を思い出すのではないかと、アイより期待をしているが。


そのアイは、ひと足先に遊園地に向かっていた。

携帯電話は紛失しているので、俺が前に使っていたスマホを貸している。

契約は切れているのでWi-Fi環境下で使ってもらわないといけないが、そこは本人も分かっている様子だった。


脱線してしまった。


何故、テツヤ君と二人で電車に揺られているかの話だった。


俺は今朝、テツヤくんに事情を説明した。今日は止めておいて、別日にしようかと聞くと「俺、遊園地行きたいっす!」と乗り気で言ってきた。


「いや、でもそれはちょっと」


「お願いしやす!遊び心なんかじゃねぇんです。そこに行かなければならない気がして」


「どういうこと?」


もしかして、なにか思い出が?


「いや、ハッキリとは言えねぇんですが。とにかく、遊園地に行きたいんです」


「‥でも、親御さんが心配するだろ?」


この前会った時の怪訝そうな顔をした母親。怪しさ満点の年上と遊園地に行くなんて許すわけはない。


「大丈夫っすよ。コイツのお袋は今仕事中なんで」


それは大丈夫とは言わないだろう。


ブツもきちんと用意できますなので、どうか!」


「金のことをブツとか言うな」


アイの件でも特に進展があったわけでもない。

一日でも早く、二人の魂を成仏させないと、どうなるか分からない不安はある。


「分かった。でも、決して遊びに行くわけじゃないよ?」


「分かってやす。‥あれ?でも、アニキは何しに行くんです?」


「‥自分の命を守りにだよ」


数秒の沈黙の後、「どういうことです?」と素直に聞いてきたがそれ以上は答えなかった。


そんな経過から、俺は今二人で遊園地に向かっているわけだ。


テツヤくんをもう一度見る。

目を見開きながら、外の景色を楽しんでいる。


こう見ると普通の幼稚園児と何ら変わらないんだよな。

アイにしても、このテツヤにしても、どうやったら成仏してくれるんだろうか。

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