悩み⑦
俺は、スマホのカメラアプリを起動した。
人の群れの隙間を狙う。
深呼吸だ。タイミングは、今!
パシャっというシャッターを切る音。
その音に周囲の人間が反応をする。
皆、俺の方を見る。
倒れている男の子を介抱している男性の震える声が聞こえた。
「今、撮ったのか?」
ま、まずい‥。
俺はスマホをポケットに入れ、首を横にふる。
「おい、状況、分かってんのか?」
親の仇のような目でその男性は睨んでくる。
ボソッと、どういう神経してんだよ、との声も聞こえる。
「消せよ。ほら、早く」
母親はこちらに見向きもせず、その男の子の手を握っていた。
消すわけにはいかない。だって、俺はこの子を、見捨てるわけには。
左隣にいた、少し年上だと思われる男性の手が伸びる。俺は目を閉じ、覚悟をしたそのとき
「違います!」
間に入った一人の女性。
アイだった。
両手を広げ、守るように弁明している。
「さっきの音は、その‥えっと」
言葉が続かない。
いい言い訳が思い浮かばないのであろう。
「この人は、助けようとしただけです!」
何言ってんだ、と周りから不審の声が段々と音を大きくする。
それはそうだ。何の説明もなっていない。
でも、今のうちだ。
俺は強制憑依アプリを開き、【possession】ボタンを押す。テツヤを選択して、先ほどの5歳くらいの男の子の写真をアップロード。
その下の、すた~とボタンを押す。
【転送中‥転送中——
早く、早く!
このままじゃ、アイが。
「ふざけんのも大概に—‥」
誰かの声がより一層大きくなってその時、ピコン、と電子音が鳴った。
success】
「‥やっ、た」
きゃっ、という小さい悲鳴が聞こえ、アイが俺にぶつかった。
手を震わせ、仁王立ちしていたのは先ほどの大学生くらいの男。
俺は、その男よりも先の男の子に目をやった。
「おい!」
首根っこを掴まれ、強い力で持ち上げられる。
しかし、それ以上その男が何かをすることはなかった。
何故なら‥
「テツヤ!」
男の子が、目を覚ましたからだ。
どよめきが、やがて歓声に変わった。
「良かった!本当に良かった!」
身近で介抱していた男性と泣きながらハグをする母親を見ながら、その男の子は頭を押さえながら何かを呟いた。
母親はその子からゆっくりと離れる。その場にいる人だかりは、皆して不思議そうな顔をしている。
黄色と白のストライプ柄の服を来ているその男の子は、俺の前に立ったと思うと、いきなり正座をした。
「え、え、え?」
周りの人達同様、俺は今、とてつもなく混乱している。
「救ってくれて、ありがとうございやした、兄貴!」
「や、やした?」
目に涙を浮かべ、5歳児らしくらぬ言葉でそう言うと、深々と頭を下げる。
不良?
任侠?
モノマネ?
「あ、あの‥キミの名は」
「へい。性は覚えておらず、名はテツヤと申します。以後、お見知りおきを!」
テツヤと名乗った人物の発言は、周りを更に混乱させた。
目の瞳は高校球児のように熱く燃えている。
得体の知らない奴がもう一人、増えた。
望んだこととは言え、これは‥。
あぁ、神様。
僕はこれから、どうしていけばいいのでしょうか。
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