悩み⑤
体育館に着くと、扉が開いていた。
妙に静かだな。
俺はそっと扉の中を覗き込むと、丁度体育館中心部分に、アイと男子生徒が向き合っている。
なんだ、この雰囲気。
「ごめん、急かしている事は分かっているんだ。でも、返事、聞きたくて」
短髪で長身のソイツがアイに聞いている。
バスケ部のキャプテンか。
‥モテそうだな。
いやいや、待て。そんなことより、何の返事だ?
アイは困った顔でキョロキョロと首を左右に振って誰かを探している。
「あの、藍良さん?」
「ひゃい!」
盛大に噛んだその声は体育館によく響く。
お前も何緊張してんだよ。
そういう俺も、この雰囲気を察して緊張している。
「どう、かな」
「え、え〜っと、そうですねぇ、気持ちは、ありがたいのですが」
馬鹿、そこは返事を後回しにしたらいい。
藍良が元に戻ってから、断るべきだろ。
「あ、ちょっと待って!そうだよね、うん。よく考えたら、よく知りもしない相手からの告白って困るよね!うん、それはそうだ」
手でアイの言葉を遮ったソイツは、そう断言し続ける。
「どうだろ?もし、嫌じゃなかったら一回デートしない?」
「で、デート?」
遠目からでも分かるくらい顔を赤くした藍良は、また困ったような顔で辺りを見渡した。
「嫌ならいいんだ‥」
「嫌ってわけでは」
こら!そんな風に言うと
「本当に?じゃあ、明後日の土曜日、デートしよう!約束!」
その場で飛び跳ねて喜びを表現する男。
それはそうなる。どうすんだよ。
下校時間を知らせるチャイムが鳴り、バスケ部キャプテンに促され、アイは体育館から出てきた。
「おい」
俺が横から声をかけると、ビクッと身体を震わし、こちらを振り返る。
すぐに安堵した顔になり「ご主人様〜!」と飛び込んできた。
「バカ、やめろ」
手で押し返すとゆっくりと離れる。半泣き半べそ状態のアイはまるで子供だ。
「どこ行ってたんですか〜」
「いやいやそれこっちの台詞な?何で付いて行くんだよ」
「だって、大事な話があるって言われたんです。どうしても、お願いがって」
それを言われると、確かに断りづらいが。
「それで、告白をされたと」
「え?あ、違います。告白は夏休み前にされたらしいんです。その返事を聞きたかったって」
夏休み前?そんな事があったのか。
今思えば、俺はここ最近の藍良の事をあまり知らない。
校内で見かける藍良は、とても楽しそうだった。
仲のいい友人。充実した部活動。
偶に「やっほー。一緒に帰ろう」と誘ってきたが、その時もいつもと変わらなかった。
そう、演じていたのか?
「どうしましょう」
「どうしましょうって‥今更断るわけにもいかないから、とにかく明後日のデートには行くべきだ」
「えぇ‥。デートなんて、した事ないです」
「ん?それは、どっちの記憶?」
「‥あ。ご主人様、多分、これは私の記憶です!何となくですけど、そう思います」
何となく。曖昧だけど、間違いないだろう。
藍良は中学生の時に一度だけ付き合った事がある。理由は分からないがすぐに別れたと言っていた。
これは、大きなヒントだ。
デートもした事がない女性。
‥モテなかったのか?
もしかして、顔が‥。
「どうしましょう」
どうしよう‥。益々、この目の前のアイという人物の得体が知れなくなってきた。
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