悩み②

「ねぇお父さん、舞さん暫く家に泊まるって本当?」


目を爛々と輝かせながら梅雨葉が聞くと、親父は一瞬手を止めたが「ああ。ご家族から連絡が来るまでな」と笑って答えた。


「やった!寝る場所は私の部屋でいいよね!ね!」


「そこしか無いだろ」


「だよね!‥お兄ちゃん、入って来ないでよ?」


こっちのセリフだ。


俺は今日のユニークな朝食きんぴらごぼうパンを食べながら一人物思いに耽っていた。


本当に、こんなにのんびりした時間を過ごしていてもいいのか?


憑依アプリという非科学的な物も、藍良のひどく寂しい生活環境も、全てがフィクションのような気がしてきた。


実は藍良が演技をしていて、俺をはめるためのドッキリ!‥そうだったらどんなに気が楽なんだろう。


しかし、どれも今確かに現実に起こっている事で、一度決めたからにはやり遂げなければならない。


藍良を助ける。

今はそれだけを考えないと。


「ごちそうさん。父さん、今日は遅くなるからな。定春、宜しく頼んだぞ」


父が下手くそなウインクをする。

この親父、どこまで真剣なんだ。


「今日の晩御飯は冷蔵庫にあるからな。各々、仲良く食べるように」


また妙なメニューだろう。

しかし、アイも梅雨葉も嬉しそうに「はーい」と返事をする。


まるで小学生だな。


俺がじーっと見つめていると、アイはニコリと笑顔で見つめ返してきた。


全く、人の気も知らないで。


---

--

-


「舞さーん、また一緒にご飯食べようねぇ」


家を出てからの分かれ道につくなり、妹が勢いよく抱きついた。


中学校は左方向で、俺たちの高校は右方向なので一緒に登校することは出来ない。


「うん、またね」


アイが梅雨葉の頭を撫でると、子犬のように顔をくしゃくしゃにした。


「じゃあね。お兄ちゃん、舞さんに余計なことをしたら、ブッキルユーだよ?」


「わけわからん造語を作るな」


手で軽くあしらうと、鋭い目つきで睨みながら離れていった。


「おい!前を向いて歩け!」


離れていく妹に大声で忠告をする。

はーい、という調子の良い声が返ってくる。

本当に、危なかっしい奴。


「あ~ん、本当に可愛いです、梅雨葉ちゃん。食べちゃいたいくらい」


「その顔で変なことを言うな」


俺は身を捩って興奮しているアイを無視して先をいく。


「あ、まって下さいご主人様!」


「おい」


「あっ。待って、定ちゃん」


「それでよし」


「別に今はいいじゃないですか」


膨れっ面で抗議をしてくるが、「今の内に意識しないと、学校でも出るだろ」とキッパリと言い放つ。


並んで歩いていると、ガン、ガンと肩がぶつかる。


「なぁ、近い」


「え?そうですか?」


「肩、ぶつかってるだろ」


あっ、という顔をしたアイは申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめんなさい、嫌いにならないで下さい」


「そんなんで嫌いになるか」


「え!今のは愛の告白ですか?」


「何でそうなる」


イチイチ立ち止まるな。赤くなるな。


「生まれて初めて、愛の告白をされました」


「だから、違うって‥」


あれ?


今度は俺の方が立ち止まる。


「ちょっと待って。今、生まれて初めてって言った?」


「え?そんな事言いました?」


「言ったよ、確かに言った。そういう記憶があるのか?」


「えーっと‥ごめんなさい、よくわかりません。ふと出た言葉で。舞ちゃんの言葉かも‥」


「なんだよ、それ」


俺は分かりやすく肩を落とす。


これから、こう言った発言がどっちの記憶の言葉なのかが分からないとなると‥。


やはり、そう簡単に解決はしないようだ。


「ごめんなさい。役立たずで」


しょんぼりと泣きそうな顔になるアイに「だから、謝る事じゃ無い」と直ぐに否定する。


すると、また笑顔になって機嫌を取り戻した。


本当に、つかみどころの無い子だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る