謎⑨
「風呂場やトイレ、洗面所。どこも似たようなもんだ」
親父の言う通りだった。
トイレットペーパーの数、電動歯ブラシの本数、シャンプーの種類。
どれも、個数は三。
「見ろよ、これ」
親父は同じ色と種類の電動ブラシと乾燥機付きの洗濯機を指さす。
「買ったら高いんだろうな、こんなもの。まだ殆ど使ってないようだな。勿体無い」
確かにそうだ。
それらはどれも新品同様の輝きがある。
汚れ一つ見つからない。
親父は二階の電気をつけ、そのまま階段を上がる。
俺は、この家を離れたかった。
ここは、とても、息が詰まる。
二階には三つの部屋とトイレ、そして大きめの鍵付きクローゼットが廊下にあった。
部屋はどこも扉が閉められている。
「なぁ親父、もう帰ろう」
「ちょっと待て。あと一つだけだ」
親父は三つある部屋のうち、一番左の部屋に進んだ。
その部屋の扉を開け、電気をつける。
「ここが、舞ちゃんの部屋だ」
「部屋だって、流石にそれは」
少し開いた隙間から見えた部屋の内装。
なんだ?
俺は、ふらっとその中へと入っていく。
部屋には、綺麗に敷かれたベッドが右端に一つ。そのベッドには大量のぬいぐるみが置いてあった。
その内の一つが、目立つ位置に置いてある。そのうさぎと思われる人形は、この家に似つかわしくない程汚れていた。
この人形、どこかで‥。
左側端には勉強机。クローゼットが一つと壁には制服が掛かっている以外何もない。
この部屋が、間違いなくこの家の中で一番生活感がある。
しかし、それでも、あまりにも寂しい部屋だった。
俺は、勉強机の前に立つ。
机の棚には教科書が教科ごとに並んでいる。几帳面な藍良らしい。
そのほかに、目立つものが一つあった。
俺はそれを手に取る。
ゾッとした。
その、卓上カレンダーのある数字が黒く塗りつぶされている。
それは、一昨日、最後に藍良と会った日だった。
「なんだよ、これ」
八月をより前も遡ると、決まって第三週目の土日、どちらかの日付が塗り潰されている。
何を、暗示してるんだ。
「引き出し、見てみろ」
親父が言う通りに引き出しを開けようとするが、
「鍵が掛かってる」
三つの数字を入れると開くダイヤル式の
机。
「そっちじゃなくて、大きい引き戸だ」
机の下にある引き出しを開けると、中から一つのクリアポーチが出てきた。
一冊のノートとお金。
「どうやら、舞ちゃんはここで生活はしていたらしい」
そのノートには買った物を細かく書いてあった。
「それを見るに、全部一人分だが」
「‥親父、これって」
考え込むように腕組みをしていた親父は、やがてこう口にした。
「よし、そのポーチと制服と鞄を持って帰るぞ」
「か、帰るって、どこに」
「何言ってんだ。我が家に決まってるだろ」
「そんなことして‥」
大丈夫なのか。
もし、万が一、藍良の親が捜索願を出したりしたら。
「お前は、舞ちゃんを助けたいんじゃ無いのか?」
真剣な口調でそう聞かれる。
助けたいさ、助けたい。でも、こんなことしても、何の解決にも。
「心配するな。ちゃんと置き手紙は置いておく。舞ちゃんが俺たちの家にいることも、電話番号も」
「置き手紙」
「それとも何か?こんな、虐待環境の中一人で暮らせと?」
「ぎゃ、虐待ってそんな」
俺は、言葉を飲む。
いや、これは、確かに虐待環境なのかもしれない。
いくら小綺麗にしていようが、高校三年生の娘をたった一人で暮らさせるか?そして、1番の問題は‥。
「勿論、舞ちゃんがこの家に帰りたがっているなら話は別だ」
俺の言葉の続きを代弁してくれる。
そう、アイは家に帰ることを極度に嫌がった。
いや、アイではなくて、藍良が。
「これは一人では耐えられん。誰かが側にいてやる必要がある」
ここは、異常だ。
父のその一言が、重くのしかかった。
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