謎⑤

「俺も行くよ」


「お前は舞ちゃんと一緒に居てやれ。記憶が抜けているなら尚更だ」


親父は俺の頭に手を置き、住所送っとけよと言い残し家を出て行った。


大きい手と逞しい背中。

叶わないな、と少し自分が情けなくなった。


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「いい湯だったぁ。次、お兄ちゃんいいよー」


バスタオルで頭をグルグル巻きながら、梅雨葉と藍良が出てきた。


お風呂上がりの藍良はとても妖艶で、ドキりとする。


「いや、俺は後でいい」


「そ?あれ、お父さんどこ行ったの?」


「ちょっと、用事があるって」


今は詳しい内容まで話す必要はないだろ。


「なーにー?5W1Hが出来てないのはお父さんの方じゃん。仕方ない、久しぶりに三人でアタブラでもする?」


「何ですか?アタブラって」


「やーだー、舞さん、また敬語に戻ってる!大混乱アタックブラザーズだよ!昔よく家でやったじゃん」


梅雨葉がケラケラと笑いながら舞の手を引く。おい、色々と混乱している藍良にそれを勧めるか?


「悪い梅雨葉、少し藍良と二人きりで話させてくれ」


「え、二人きり?キモ」


藍良を抱き寄せ、軽蔑の眼差しでこちらを見てくる。


藍良も抱きしめ返すので、絵面的には低身長の妹が守られているように見える。


「おい、変な想像をするな。ちょっと色々と立て込んでいる話があるんだよ」


「何よ、立て込んでいる話って。私達の仲に隠し事は無しの筈だよ」


何だよ、その仲って。つい最近まで彼氏がいた事を隠していたくせに。


「梅雨葉ちゃん、ごめんなさい。私もごしゅ、えーっと、お兄ちゃんと話がしたいな」


「えー、うーん、わかった、うーん」


「全然分かってない」


頭を悩ませながら、まだ藍良を離さない梅雨葉に「少しだけだ」と投げかけるとようやくその手を離した。


「何かされたら大声で助けを求めるんだよ?一捻りしてあげるから」


「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ」


「思春期拗らせ系男子」


「長いし言いにくいし意味が分からん」


「コソコソと実の父親の部屋に入ってナニやら変な動きを」


「あー!行こうか藍良」


俺は藍良の背中を押しながら二階へと誘導した。


コイツ、気付いてやがった‥。


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「凄く楽しい家ですね!私、今凄く幸せです!」


部屋に入るなり抱きつかれた俺は慌てて引き離す。

駄目だ、もしこの瞬間を見られたものなら俺が一捻りにされるに違いない。

被害者は俺なのに。


「と、とりあえず座ろうか」


「はい!」


目を輝かせながら、俺のベッドの上に腰掛ける。


「‥いや、ベッドではなくて、床にね」


不思議そうに眉根を寄せ、ベッドをチラリと見て一瞬悲しそうな顔をする。


ま、まぁ、ベッドの上でもいいけど‥。いやだから駄目だ。この家には猛獣がいる事を忘れるな。


床に、ともう一度言うと、ちょこんと正座をした。


「えっと、まずは、そうだな。整理しようか。君は、本当に藍良じゃない?」


「はい!私の名前はアイです」


目の前にいる藍良はハッキリと笑顔でそう言った。


「そ、うなんだ」


何度目かの質問。未だに目の前に起こっていることの理解が追いついていない。でも、もう信じるしかない。

目の前にいるのは藍良ではなく、アイ。


「じゃあ、アイちゃん、色々と聞きたいことが—‐」


「その前に、一ついいですか?」


藍良は、正座のまま頭を下げた。


「ちょ、ちょっと」


「ご主人様、私を助けて下さって、本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる藍良を見て、俺は心臓を掴まれた思いだった。


「‥違うんだ」


君を、助けたかったわけじゃない。

俺が助けたかったのは、君じゃなくて、藍良なんだよ。




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