謎④

「お父さん、怒らないから正直に答えなさい」


梅雨葉と藍良が風呂に入っている間、俺は今、親父と二人きりで向き合っている。


風呂場からは、キャッキャッという楽しげな声が聞こえる。


「舞ちゃんと、今日どんなプレイをしていた」


「親父、あなたは勘違いをしている」


「ほう。お前のことをご主人様と言っていた気がしたが、あれは俺の空耳かな?」


「‥ソラミミだろー」


「珍しく目が泳いでいるぞ。まぁいい。どんなプレイをしてようが、そういう年頃だと思えば不思議ではない。俺とママも、そういう時期があった。ふっ、懐かしいな。そう、あれは確か」


親父は母の遺影に向かって照れながら話し始める。


「やめろやめろ。ご飯が不味くなる」


ハンバーグパンケーキを頬張っている俺はその先の言葉を遮った。


「冗談は少し先に置いておき」


無かったことにはならないらしい。


「本当に何があった?」


腑抜けた顔が一気に引き締まる。

ピリッとした空気が一瞬流れ、俺は自然と手を止めた。


「‥俺にも、何が何だか分からないんだ」


一瞬迷ったが、俺は正直に思ったことを話すことにした。


「元々、今日は藍良に会いに行く予定だった。でもあいつは家に居なくて、仕方なく帰ることにしたんだ。帰り道、総合病院の近くで大きなサイレンが聞こえてきたから、嫌な予感がして。そしたら、意識不明のあいつがいた」


親父は何も言わずに耳を傾けている。


「俺は知り合いだと伝えて、待合室で目を覚ますのを待っていた。でも、倒された病室にはまだ寝たきりの藍良がいて。医者が言うには、溺水による意識不明の状態だって。奇跡的に、目が覚めたけど、何で川で溺れていたのかは藍良自身も覚えていない」


「覚えていない?」


「一種の、記憶喪失?部分部分が抜けているって」


そう説明した方が、辻褄が合うと思った。

今、藍良に憑依している【何か】が、どこまで藍良の記憶を共有できているのか分からない。


少なくとも、家に帰りたくないという根拠を知らなかった事や、親父と梅雨葉の名前を一度も呼ばなかった所を見ると、記憶の伝達はされていないように思える。


「‥親御さんは?確か、祖母がいただろう」


「うん。でも、それも分からない。家には人気が無かったし、あいつも何も持っていなかったから。多分、病院に運ばれた事すら知らない。なぁ、親父。あいつを家に泊めたら駄目かな?」


親父は真剣な表情で俺の目を覗き込む。見透かされているようで、目を逸らしてしまった。


駄目だ、ここで、目を逸らしたら。


「俺が家に送るって言った時、あいつ、震えて帰りたくないって言ったんだよ。理由は、ハッキリしないけど、とにかく、何かあるんだ」


「‥いつまでだ?」


「え?」


「いつまで、家に置いておくつもりだ」


「それは」


核心をつく質問に答えられない。

だって、俺だって分かってないんだ。

何が何だか、本当に。


親父は腕を組みながら、天井を見上げた。暫く無言だった親父が口を開く。


「お前は、何がしたい?」


「え?」


「色々な事を今は抜きにして、彼女にどうしてあげたいんだ」


こういう真面目な話をする時の親父に、誤魔化しは通じない。

俺は、小さい声で、でも、確かにこう口にした。


助けたい。助けるっていう言葉の意味が自分の中でボヤけているけど、俺は、藍良を助けたい。


そう言うと、親父は満足そうに頷いた。


「よし。そしたら、舞ちゃんの家の住所を教えろ」


「え、行くの?」


「万が一心配していたら話が変わるからな」


親父は何故か勝負服であるジャケットを羽織って玄関へ向かった。




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