謎③

「家に帰りたくない、その、上手くは言えないんですけど、この身体が拒否してるんです」


「どういうことだよ。頼むから、分かりやすく説明してくれ」


「えーっと‥」


何が必死に言葉を探している。暫く考えた後


「あのぉ、ご主人様、凄く言い辛いんですけど」


そこまで言いかけて、藍良の身体はふらついた。


「おいっ!」


咄嗟に身体を受け止める。鍛えていた筈のその身体はとてもか細く感じた。


「何だか、お腹すいちゃいました」


恥ずかしそうにはにかんだ。


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「た、だい、まー」


家の扉をゆっくり開けて中の様子を探る。

いつでも物が飛んできてもいいようにガードは完璧だ。


しかし、俺の予想とは裏腹に、出迎えた親父の表情は満面の笑みだった。


「いやぁ、よく来たねぇ。ささっ、早く上がりなさい」


いつものむさくるしい髪型は何故かオールバックで整えられている。


え、何意識してんの?

てかそこまでするんなら髭も剃れよ。


「舞さん!きゃー!」


リビングから梅雨葉が飛び出してきて、藍良に飛びついた。


「久しぶり!何年振り?本当に嬉しい!え、舞さんその服装—」


まずい。親父はともかく梅雨葉はこういうことに敏感だ。


明らかに違う藍良を見たら、違和感を覚えるに違いない。


「無地の白シャツがどうしてそこまで似合うの⁈もう奇跡!」


その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。久しぶりに会えた喜びで色々なことがどうでもいいようだ。


そうだった。昔から妹は藍良の事が大好きだった。


「まぁ愛する娘よ。そこら辺にしておきなさい。ディナーが冷めてしまう」


うえっ。何も食べてないのに、気分が悪くなって吐きそう。


戸惑っていた藍良は、パッと顔を輝かせて「お邪魔します」とリビングへと入っていく。


テーブルの上にはいつも通り、少し毛並みが変わったメニューが並んでいた。


白ごはん、よし。

サラダ、うん、今回のは普通のシーザーサラダっぽいな。

スープは、コンソメか?よしよし、具材も適当だ。

‥なんだ、あのサンドされている物は?


テーブルに着くと、一つだけ明らかに目立つ物があった。


「さぁ、召し上がれ。ハンバーグパンケーキだ」


「やってくれたな親父!」


ドンっと俺が勢いよく身を乗り出して抗議する。


「何かね、我が息子」


「その似非貴族的な話し方を今すぐにやめろ!いや、似非にもなってねー!なんでメインディッシュのハンバーグに余計な物をサンドするんだよ!」


「私、パンケーキ大好きです」


藍良が笑顔で俺に笑いかけてくる。

いや、そうじゃない。これはパンケーキではなく、ハンバーグパンケーキという異種混合物なんだよ。


「食べもしないで批判するのは良くない」


「良くない、良くない」


妹も同じように頷く。舌馬鹿コンビめ。


「大体お兄ちゃん、いつも批判しながら美味しそうに食べてるじゃん」


「なっ」


「いつも美味しかったですって顔に書いてるもんねー」


ねー、と顔を見合わせ首を傾げる馬鹿コンビ。


「頂いてもいいですか?」


「どうぞどうぞ。少し冷めているから美味しさは10分の1までに落ちてるかもしれないが」


「保険かけてんじゃねーか」


藍良は手を合わせ、フォークとナイフを手に持ち、一口サイズに切っていく。スムーズな動作だった。そして、ハンバーグパンケーキを口に入れた。


何度か咀嚼をして、ポロリ、と涙が流れる。


「ほらみろクソ親父!泣くほどまずいって事だ!」


「梅雨葉!今すぐにレンチンだ!レンチン!」


「違うんです」


藍良がフォークとナイフをテーブルに置き、泣きながら笑った。


「温かくて‥。とても、美味しいですよ、ご主人様」


最後の俺に向けられた一言で、親父と梅雨葉からは殺気の込められた視線が向けられた。

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