謎②

「えっと、藍良、だよな?」


「藍良?あ、この身体の持ち主の名前ですよね!藍良舞ちゃん!どんな顔してるのかな‥うーんっと」


目を閉じ、頭を抱える。

その動作や口調からは藍良の存在を感じられない。


「あ、駄目だぁ。分かりませんね」


ケロッとしたようにそう言うと、またグッと顔を近づけてきた。


「私の名前は、アイです。藍良じゃなくて、アイ!」


夜風が髪を撫でる。

いつもは風に運ばれてやってくる柔軟剤やシャンプーの匂いが感じられない。


白色の無地のシャツにハーフパンツ。服装もよく見ると、あまりにも質素だった。

いつもお洒落に気を使うコイツからは想像できないコーディネート。


その事実が、何もかも取っ払っての行動に出た事を示しているかのようで、目を背けたくなる。

なのに、目の前の藍良はとても楽しそうで、その姿とのギャップがありすぎて、胃がキリキリと痛んだ。


「か、揶揄ってるんだろ?お前は、俺を‥」


「からかう?」


何を言われているのかが分からないと言った様子で首を傾げた。


分かってる。俺自身が、この非現実的な状況を理屈なく認めている。


だって、あまりにも違うから。

目の前の幼馴染は、まるで別の人格が憑依したかのように、違う。


俺は、どうしたら。


「ご主人様、行きましょう」


「行くって、どこに」


「決まってます。ご主人様のご自宅ですよ!」


藍良は鼻歌混じりに歩き始めた。

ちょ、ちょっと待て!


こんな状態の藍良を連れて行ったら親父と妹が混乱する!


「な、何で俺の家に」


「ご主人様、さっきからずっと鳴ってますけど」


「え?あ、くそ!」


歩きを止めない藍良を手で捕まえながら、俺は電話に出た。


『こんな時間まで、一体どこをほっつき歩いてるんだ!!!』


思わずスマホを耳から離してしまう程の怒鳴り声。

しまった、出るんじゃ無かった。


『父さん、お前をそんな子に育てた覚えはないぞ!二日連続連絡もして来ないなんて、大体お前の帰りを—‐‐』


駄目だ、こうなってしまっては親父が俺の話を聞く事はない。

とりあえず、落ち着くまで話をさせておかないと‥。


そんな俺の一瞬の隙をつき、藍良がスマホを奪ってきた。


「お前っ」


ぺこり、と頭を下げ、咳払いを一つした後話し始める。


「お久しぶりです。藍良舞です」


『どれだけ‥あれ、舞ちゃん?どうして、はっ、まさか!』


駄目だ、このタイミングでお前が出ると、普段から妄想が激しい親父の脳内で勝手に邪なイメージを浮かび上がらせる。


「ごめんなさい、実は私、さっき溺れてしまって。それを定ちゃんに助けて貰ったんです」


スラスラと話す姿は藍良そのものだ。

どうなってる。


『あ、えっと、ちょっと分からないが』


親父が珍しく混乱している。


「その説明もしたくて、これから家にお邪魔させて貰っても宜しいですか?」


おい勝手に話をすすめるな!


『いや、それは構わないけど‥』


「それじゃあ、これから定ちゃんと向かいます」


通話が切れ、スマホを俺に返してくる。

そして「ごめんなさい!」と頭を下げてきた。


「ご主人様の命令も聞かず勝手なことをして本当にごめんなさい。でも、今は帰るところがないんです」


「何言ってるんだ、お前には家が」


顔を上げた藍良の目には少しの涙が滲んでいた。


俺はドキリとする。

藍良が泣く姿なんて、小学生以来見たことがなかったからだ。

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