謎①

『なぁ、藍良と童って付き合ってんのかな?』


放課後の教室。二人のクラスメイトが談笑している。クラスの人気者の男子生徒だ。


『馬鹿、あんなイイ女と平凡な男が付き合うかよ』


中学生がイイ女、だなんて。知ったような口で何言ってんだと内心毒付く。


『だよなー。あいつの良いところって、使い勝手が良い所だけ。ただの便利な野郎だからな』


『そーそー、この前も聞いたかよ?あいつ--』


教室内には笑い声。耳を塞ぎたくなる内容が聞こえてくる。廊下と教室を隔てる一枚の扉が、今の俺には世界を分ける物のように感じる。


『ーはぁ、おもしれーなぁ。でもよぉ、藍良も顔だけだろ?』


『あー、確かにな。あいつ、顔で得してることあるよなぁ。ルールに細かいし、ちょっとうぜーよな』


『顔が悪かったら、嫌われ者だろ。あー、でもあんなイイ女だったら何でもいいよ。ヤリてーなぁ』


『それこそ、便利屋にお願いしてみよーぜ。きっといつもみたいに、仕方ないなぁ、って聞いてくれるぜ』


また、大笑い。

俺は歯を食いしばり、手に力を入れる。

でも、ふっと力が抜けた。


陰で言うしかない馬鹿な奴らだ。

また、今度。直接言ってきたら‥。

俺は教室内に入らず、その場を離れた。


---

--

-


「信じられんな。本当になんともないのかい」


「はい、大丈夫です」


院長がカルテを見ながら不思議そうに藍良を見ている。


「君のご家族にも連絡をしようとしたんだが全く情報がなくてね。出来ることなら事情を説明させて貰いたいが」


藍良は一瞬迷い、笑顔を作って答えた。


「いえ、大丈夫です。両親は今忙しくて。また後日、質問があればこちらに来させて頂きます。診断書を貰えますか?あと、今手持ちが無いのですが」


「・・・請求書を発行するから、また後日来てくれたらいいよ。診察時間もとっくに過ぎてるしね。服はもう乾いているので着替えるといい」


「何から何までありがとうございます」


藍良が深々と頭を下げる。


院長が何か言いたげに俺の顔を見たが、それを飲み込んで病室を出た。

ナースが「すぐに発行しますので、待合室でお待ちください」と俺たちを案内する。


待合室で一言も発さず、呼ばれるのを待つ。

少し待った後、藍良の名前が呼ばれた。受付で愛想よく振る舞うその姿は、いつもと変わらない。


「童くん」


「うわっ!」


不意に後ろから呼ばれて飛び跳ねる。薄暗い病室の廊下に、先ほどの院長が立っていた。


「君、あの子の事をしっかり見てあげなさい。少し、危ういよ」


「それって、まだ何か異常が?後遺症とか‥」


「そうじゃない。さっきも言ったが、何一つ身体には影響はない。私が言いたいのは、内面の話だ」


「内面」


「心に負荷が掛かると、発散が必要となってくる。溜めて、溜めて、それが自分のキャパシティを超えると、今度は手遅れになるかもしれん。発散させないとね」


イマイチ何を言われているのか分からないが、俺は頷いた。


「本日は、ありがとうございました。また来させていただきます」


丁寧に挨拶をした藍良と共に病院を出る。

暫く無言で歩き、道路まで出たタイミングでいきなり抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと!」


俺は咄嗟に引き離す。少し強引に押してしまったが、それを意にも介さず藍良は満面の笑みで俺の手を握ってきた。


「ご主人様、本当にありがとうございました!」


ブンブンと上下に腕を揺らされる。

俺は何が何だかさっぱり分からず、ただただ混乱をしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る