終わりと始まり⑬
「どうぞ」
どのくらい待っただろう。待っている間も最悪なイメージが常に浮かび、払拭するように否定するがまた浮かぶ。その繰り返しで俺は既に疲労困憊だった。
フラフラとよろけながら案内された病室へと入る。
…なんで。
病室には1台のベッドがあり、そのベッドには俺のよく知る人物が横たわっていた。
顔には酸素マスクがついてあり、そのチューブが機械に繋がれている。
なんでお前、横たわってるんだよ。
ガラガラ、とドアが開き、白衣を着た白髪混じりの男性が入ってきた。
「こんにちわ。確か、童君?」
その後ろにはナースが立っており、そのナースから渡された紙を見ながら聞いてきた。
「あの、容体って」
率直に聞くと、うーん、と頭をボリボリと書きながら言いにくそうに答えた。
「分からん」
「わ、わからん?」
その男性の胸元には「院長」と顔写真付きの名札をつけてある。偽医者ではない事は確かだ。
「溺れていた時間が短かったこと、搬送されるまでの処置が的確だったのも幸いして重症には至ってない。反応もあるし、低流量酸素を投与して様子を見ている状態だ」
「あの、つまり?」
「いつ目を覚ましてもおかしくない。だが、何故か目覚めない。植物状態とはまた違うが、もう目覚めないかもしれない。非科学的なことな事を言うかもしれないが、これは、もはや意思の問題な気がする」
意思の問題?
「この子は、何故溺れていたんだい?見たところ高校生?何も所持せず、散歩でもしていたのかな」
俺の肩に優しく手を置き、「もう遅い。今日は帰りなさい」と言って部屋を出た。
自分の中に沸き起こっているこの怒りの感情が、誰に対してなのか分からなかった。
藍良に対してなのか、院長か、それとも俺自身にか。
先程からずっとスマホが鳴っている。確認すると、親父からだった。
時刻はもう20時前だった。
いい加減に帰らないと、家族が心配する。
早く帰ってこい、そう言われるだろ。
でも、こんな状況で帰れるかよ‥。
大好きな幼馴染が、信じたくない、信じたくないけど、自殺を図ったんだぞ。
もう、目覚めないかもしれない。
藍良の魂は、空っぽなのかもしれない。
‥魂?
その時、突如舞い降りてきた、非科学的な発想。
依然として目を覚さない藍良。
『定ちゃんはさ、いつも後回しにするよね』
何かを諦めたかのように、寂しそうな表情を浮かべて投げかけてきたその言葉。
今思えば、あの言葉は、助けを求めていたのではないか。
その時、突如機械が『ピー!ピー!ピー!』という大きな音を立て始めた。
モニターの数値がどんどんと減っていく。
「お、おいっ」
俺はベッドの側にあるナースコールを押した。
『ビー!ビー!ビー!』と音が一段と耳に届く。救急的な意味合いを感じさせるそのアラームを聴いて、先ほどの藍良の言葉も聞こえた。
いつも、後回し。
俺は、何かに操られるかのように、横たわる藍良の写真を撮った。
憑依アプリを開き、【possession】というボタンをタップ。
アイ、を選択し、今撮った藍良の画像をアップロードした。
いいのか、こんなことをして。
もし、万が一このアプリが本物なら、どうなる。
藍良の魂は、そのまま消えるのか?
だけど、いま、この瞬間、藍良は‥。
考えるよりも先に手が動き、俺はすた~とボタンを押していた。
【転送中‥転送中——success】
「さく、せす?」
音が緩やかになり、段々と数値が戻っていく。
ベッドからうめき声が聞こえてくる。
藍良の目が、うっすらと開く。
目を何度か瞬きさせ、俺の方を向いてきた。
「あ、藍良?」
身を乗り出し、名前を呼ぶ。
藍良は勢いよく起き上がり、酸素マスクを無理やり外して俺の手を握る。そして、名前を口にする。
いつものように定ちゃん、ではなく—
「初めまして、ご主人様!」
幼い頃のような純粋な笑顔で、俺のことをそう呼んだ。
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