終わりと始まり⑤

「—てなことがあったんだ」


一通り説明し終えると、金木は『それって‥』と何かを言いかけて黙った。


「金木?」


『あ、ごめんごめん。いや、それは揶揄われてるね!童、揶揄いがいがあるからなぁ』


そうかな、と自問するがすぐに「そんなことないだろ」と否定する。自分で言うのは恥ずかしいが、揶揄う理由はその相手の反応が面白いからであって、俺は面白い反応を返せる人間でも無い。


『その藍良さんの台詞を校内のファンが聞いたら、童、下手したら殺されるね』


物騒なことを言うが、可能性はゼロでは無い。

それほど、藍良に熱狂している輩もいる。

付き合う相手が周囲から見て納得の出来る男ならまだしも、俺となると「何故!」という批判が殺到するだろうな。


「いや、でもさ。何かおかしかったんだよ」


『‥疲れていたのかもね。似合わない冗談をいうほど。ほら、部活もこの前終わったんでしょ?三年間の集大成だったわけだし、燃え尽きてもおかしく無いでしょ』


金木が部活をしていない俺にとって理解出来ない説明をする。


藍良は陸上競技で大学から推薦の声が掛かるほどの実力者だが、今年は全国への切符をかけた地方大会で成績を残せず全国へは行けなかった。


全国大会は観に行く、と言っていた俺だが、それは叶わずに終わった。


定ちゃんが見にこなかったから行けなかったんだよ。

寂しそうに冗談だけどね、という藍良の表情が思い出される。


あの時も何か違和感があった。


「それが原因なのか?いや、うーん」


『あーもう、煮え切らないなぁ。どちらにせよ、明日会いに行くんでしょ?愛しの藍良さんに」


愛しって‥。あぁ、これも揶揄われているのか。


「そうだな。少し決心ついた。とにかく明日会ってみるよ」


『少しって自信なさげに言うのが童っぽいよね。感謝の言葉じゃなくて行動で示してね』


「え?あー、うん。また何か奢るよ」


『‥ありがと。楽しみにしてる』


そう言って金木が通話を切った。


俺は切った後のスマホを暫く見つめる。

金木も、何かいつもと様子が違う気がしたが、それを気のせいだと思いスマホをポケットの中にいれた。


階段から誰かが登ってくる音がする。

その音は俺の部屋の前で止まり、ノックもせず開けてきた。


「お兄ちゃん、食べないの?お父さん特製の春雨のハチミツサラダと具なしカレー」


「何で春雨サラダにハチミツを入れるんだ。てか、ノックぐらいしろといつも言ってるだろ」


具なしカレーは親父の手抜きだな、とは口が裂けても言えない。

言ったら最後、梅雨花に一捻りされる。


「なに?見られたく無いものでもあるの?男ってそうだよねぇ」


「ガキが男を語ってんじゃねー」


「私の彼氏の部屋にも色々あったからね。大体想像つくよ」


「男が全員そうだとは‥え?今なんて言った?」


「彼氏」


「カレシ?カレキ?カラシ‥」


「お兄ちゃん、戻ってきて。いつも以上に狂って来てるよ」


梅雨葉に肩を揺らされ現実に引き戻される。


「お、おまえ、いつから?」


「ん?一週間前」


「え、ちょ、ちょっと待て。どこのどいつ?」


「え、キモ。変な詮索しないでよ。ほら、美味しいご飯が冷めるから降りてきてねー」


妹が質問に答えずに下に降りて行こうとするので後を追いかける。


「あ、お父さんに言わないでね?言ったら、分かってるよね?」


俺はこのニッコリ笑顔の裏に隠された意味を知っている。


顔や体型は母親似の妹だが、その腕っぷしの強さは間違いなく父親譲り。


「そう言えばお前、GPSって—」


「え?聞く?」


「いや、いいです‥」


首をコキコキと鳴らしながら階段を降りていく妹を見て思った。


こんな野蛮なやつを好きになる男の顔が見てみたいと。

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