終わりと始まり⑥
「意外と美味しかったな。春雨ハチミツサラダ」
春雨サラダのマイルドな味わいが、ハチミツを加えることによってより際立つものになっていた。
親父が隣の九十九さんから貰ってきたという『選ばれし者しか口に合わない⁈奇跡の組み合わせ29選』という料理本から作ったと言っていたが、残り29選も気になる。
「‥あ」
九十九さんと言えば‥。
今日の曜日を見る。週末の日曜日。
「やば」
俺は急いで部屋を出て二階の奥に位置する親父の書斎部屋をノックもせずに入る。
建築関係の本が壁にずらりと名前順で並ぶこの部屋。如何にも「仕事部屋ですよ!」とアピールしているこの部屋だが、俺はそのカラクリに気づいている。
「‥ナ行」
俺は【日本建築の過去と未来】という分厚い本を手に取る。
親父がこんな本を手にした俺を見たら「ついにお前も建築への道に進むのか!」と感動の涙を流すだろうが、そんなつもりはない。
おれの目的はその奥。本棚の奥にある一つのDVDを取り出した。
そのパッケージのタイトルを確認する。
【ナースとの甘い一日】。
日本全国の高校生男子がお世話になっているであろう品物。
パッケージには少し前に一世を風靡した女優が載っていた。
こんなお堅い本の後ろにアダルトな物がある事は妹はおろか母ですら知らなかったのでは無いか。
俺は本を元の位置に戻して父の書斎を出た。
---
--
-
時刻は21.00をとっくに過ぎている。
俺が九十九家の玄関の前に到着すると同時に玄関のドアがガチャリと開いた。
痩せ型で長身の眼鏡を掛けた人物が現れる。
不満そうな目つきで俺の前に立ち、「人と人との間で大切なのは何だと思う?」と聞いてきた。
「信頼関係ですね」
俺は目線を下にして答える。相当ご立腹だ。
「そう。信頼関係。学校や会社や地域、人々が交流するどの場所でも必要な事だ。その信頼関係を築く最たるものが、約束を果たすということ」
「いや、本当にすみません。今日は色々あって」
「君の口から言い訳は聞きたく無い。結果が全てだ。毎週日曜日の18.00。夕食前の時間に例のブツを持ってくる。違ったかな?」
何でAV作品を持ってくる事を忘れていただけでこんなに言われないといけないんだ。
不満が顔に出ていたのか、的射さんは「君が約束を守らないのであれば仕方ない。この契約は無かったことに」と言いかけるので「すみませんでした!以後気をつけます!」と即座に頭を下げる。
「分かればいい。便利屋の君のことは信頼している。さぁ、例のブツを。早くしないと奴に見つかる」
後ろを振り返り、忍足で俺の前まで来て右手を出してきた。
「的射さん、別にこんなコッソリしなくても大丈夫じゃ‥」
「君は奴の事を甘く見ている。この時間帯、奴は家にいる。いつもと違う動きをしている今でも危険なんだ」
奴とは的射さんの父親のことだ。父は警察官で母は大学教諭という立派な方々。
曰く、母はおおらかで優しいが父が厳格な人で、家庭内でAVを見ている事がバレたらとんでも無いことになるという。
そんな環境なのにAVをDVDで見るなよ。
「君の言いたいことも分かる。しかしこれは、奴と僕の勝負でもある。更には、人生にスリリングは必要だ」
一度は最難関大学に合格したというのにも関わらず、それを中途退学をし今は違う大学に入る為に勉強している変人。
気になった事はとことん突き詰める性格。小学生の頃、気になった同級生の女の子に付き纏い、「変態男児」とのあだ名がついたとの事だ。
こんな変人だが、俺は過去にこの人に何度も助けられている。今でも勉強や悩み事の相談をする頼り甲斐がある人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます