第5話 フランス滞在と真実
フランス滞在
フランスに来て十日。夏バテなのか、体がだるい。三日ほど高熱も出して、寝込んでしまった。それから眠さと倦怠感が続いている。食欲がないのは夏バテのせい。なぜかずっと続く下腹部痛は、食べ物が合わないせい、と説明された。時々、うずくまるほど痛くなる。体調が良くないから外出は止めるよう医師から言われた。
レオが宝物のように僕を大切にする。食事は口に運ぶところまでしようとするし、少しふらつくと抱き上げられて心配される。心配だからとシャワーも一緒に入る。モコモコの泡で僕を包み込むように丁寧に洗ってくれる。恥ずかしいけれど、慣れてしまった。レオは、とことん世話を焼く。優しい顔で、優しいレオ。こんなに人に密着されたことも、大切にされたこともないから、こそばゆい。心がくすぐったくなる嬉しさ。知らない国で、調子が悪くて不安で、優しいレオに少し甘えてしまう。甘えてみると、レオが僕を撫でまわして喜ぶから、おかしくて頬が緩んでしまう。
結局熱を出してから一週間、ずっと室内で過ごして僕の初めての旅行は終わった。高熱はないけれど、微熱と倦怠感など続いていて、本当に夏バテなのか不安になっている。腹部の痛みや眩暈はそれだけじゃない気がする。フランスの言葉が分からず、レオ以外が怖い。早く日本に帰りたかった。
レオが、僕の高校の外国語の特別講師となり、一緒に日本に来ることになった。僕の卒業まで一緒にいてくれる。僕のために特別に海外滞在の許可を取ってくれたと聞いて、抱きついて感謝を伝えた。二十日間でお別れかと思っていたから嬉しかった。そんな僕の頬にキスをするレオ。僕の鳥もレオの鳥と仲良くなっている。
フランス滞在でレオのスキンシップの多さと距離の近さをすっかり受け入れていた。
フランスの空港で、自分用にお土産を買った。本当は藤原君にあげるお土産。サングラス、割れちゃったからお詫びもかねて。高価なものは選べなくて、ハンカチと銀のボールペン。レオが一緒に選ぶと言ったけれど、これは僕が選んであげたくて一人で選んだ。会計がドキドキした。ドルやユーロの支払いは緊張してできず、藤原君に教えてもらったカードでの支払いをした。レオに見つからないように、すぐに自分の斜めかけバックにしまった。人にプレゼントなんて初めて。藤原君、驚くかな。僕の鳥と目線を交わし微笑み合った。特別にドキドキした。
藤原ルイの不安
空港で小坂君を見送った後、フランスについていくか迷ったが、待つことにした。未成年の彼に無体をすることは無いと信じたかった。そして、フランスに追いかけて行っても会えないことも、どこにいるか国家レベルの機密にされることも分かっていたから。じっと待つほうが良い。そう思った。
小坂君が戻るまで寮で一人。突然帰国するかもしれないから、家族のところには帰省しなかった。静かな寮。こんなに孤独な時間は初めてだった。これまで小坂君はこの孤独を過ごしていたのか。胸がチクリと痛んだ。俺のオウギワシと、カモメのキーホルダーを揺らめかせて時間を過ごした。俺の鳥が、コレもらったのは俺だ、とドヤ顔するのが可愛かった。確かに小坂君の分身鳥は、お前に愛の給餌をしたよね、と話しかける。そのたびに大喜びして部屋を飛び回る俺の鳥に笑いと元気をもらった。
小坂君が戻ってきた。空港に行きたかったけれど、到着便が分からず寮で待つことにした。車の到着を出迎える。車から降りた小坂君。旅行前より輝くような色気がある。俺を見て、軽く会釈をする。それだけで心に花が咲いたかのような喜びで満たされる。嬉しい! すぐに駆け寄った。
「おかえり」
変わらずに左手を腕吊サポーターで吊っている。右肩に持つ荷物をそっと預かる。
「ただいま」
少し頬を染めて俺を見る黒い瞳に、心がドキドキ音をたてて鳴り出した。こんな表情を見せてくれるなんて。可愛らしさに目が外せない。俺のオウギワシが小坂君の鳥と軽く頬を寄せ合う。
「リョウ、荷物は僕が持つよ。リョウの部屋まで案内して?」
優しい声なのに、突き刺すような勢いのある言葉が聞こえた。小坂君しか見えていなかったけれど、すぐ後ろに金髪の三十歳くらいのフランス人? がいた。耳の二個の金色ピアスが光っている。肩の鳥は黒い小鳥。分身鳥が小型だけれど、本人は身長百八十センチくらいある。良い体格をしている。黒い小鳥が、オウギワシを睨んでいる。小鳥なのにちょっとした迫力と落ち着きがある。なんだろう。心がギリギリする。
「リョウの番だね。乱暴なことをする者だと聞いた。今後、リョウのサポートは全面的に僕がする。リョウを傷つける君には近づいてほしくない」
痛いところを、敵意丸出しの言葉でぶつけられて怯んでしまった。俺の鳥が不快感をにじませているのが伝わってくる。言い返そうかとしたとき。この男と俺の間に立っていた小坂君が、ふらりと揺れた。驚いて支えようとするより早く、後ろの男性が小坂君を抱き留める。先ほどより青い顔をして、ぎゅっと目を閉じる小坂君。俺が近づくより早く、金髪の男が小坂君を抱き上げる。なんだ? ぞわりと不快感が沸き上がる。
「リョウ、すまなかった。リョウの番は意地悪だね。君の体調に気づかずに足止めするなんて。噂通りの人物だ」
目の前で、抱き上げた小坂君の頭にキスをする男。腹がぐっと熱くなった。瞬時に翼を広げようとする俺の鳥を制する。
「抑えるんだ!」
気持ちはわかる。だけどダメだ。俺の鳥が本気を出したら、ここに居る全員の分身鳥を殺してしまえる。それだけの力がある。煽られても乗ってはいけない。精一杯俺の鳥に気持ちを伝える。
「へぇ。抑えたか。もし、僕にケガを負わせたら保護国であるフランスとEU連合保護鳥局が黙っていない。日本が相手とは違うぞ。覚えておくんだな」
横を通り過ぎる時に告げられる。怒りで心臓がドクドク鳴り響いた。
「リョウの荷物を持っているんだろう? 後ろから付いてくることは許可しよう」
頭に血が上る瞬間だった。俺のオウギワシが肩をぎゅっと掴まなければ、殴っていたかも。利口な俺の鳥に心から感謝した。
「待って」
部屋のベッドに横になった小坂君に呼び止められる。
「リョウ、僕がついているから、彼には戻ってもらおう」
「レオ、僕のカバンかして」
幾分か顔色の良くなった小坂君が金髪男とやり取りをする。こいつ、レオと言うのか。
「藤原君」
声をかけられてドキリとする。透き通る綺麗な声。俺は初めて名前を呼ばれた。喜びで顔が火照る。イラつきなんて全て吹き飛んだ。
「なに?」
ベッドに跪く。近くで見る綺麗な小坂君。黒い瞳が俺を映している。こんなに心が満たされる。
「あの、フランスでサングラス割れちゃったんだ。ゴメン。安くてお詫びにならないんだけど、お土産」
真っ赤な顔で二つの包みを差し出す。可愛くて、嬉しくて、抱きしめて高い高いでもしたい気持ちを深呼吸して抑える。
「ありがとう。サングラスは、また買いに行こう。それより、お土産をもらえるなんてすごく嬉しい。本当にありがとう」
「うん。あの、気に入らなかったらゴメン」
紅い顔でソワソワしている様子が俺の心臓を打ち抜く。可愛らしすぎるだろう! 鼻血が出る! 小坂君に微笑みを向けて、目の前で包みを開ける。シンプルな銀色のボールペン。青色で空港名が彫ってある。お土産用の大量生産のボールペンだろう。だけど、これは特別キラキラ輝いて見えた。
「素敵だね。大切にするよ」
もう一つの包みはハンカチ。薄い青色と濃い青色のチェックのタオルハンカチ。隅に小さく飛行機の刺繍がある。
「これも。大切にする。会えなくて寂しかったけど、元気が出た。ありがとう」
俺の反応を不安そうに見ていた小坂君が、ふわりと微笑む。あぁ、天使だ。
「良かった。あの、贈り物って初めてで、すごく悩んだんだ。悩んだのに、普通でごめん。自分で、カードで買ってみたよ」
可愛くて、嬉しくて少し小坂君に触れたくなる。
「リョウ、少し休もう。僕は彼を送ってくるよ」
金髪のレオと言う男が、目の前で小坂君の頬にキスをした。こいつ! 引き離してやりたいが、小坂君は彼のキスを受け入れている。どういうことだ? 勝ち誇った顔のレオに腹が煮えたぎる。
「藤原君、僕フランス行ってから夏バテらしくて調子が良くないんだ。ちょっと休むから」
また少し顔色が悪い。夏バテ? 嫌な予感がした。
廊下で金髪男と対峙した。金髪男には、フランス管理局の人が三名護衛についている。不用意な事は出来ない。こいつは、結構策略家だ。
「自己紹介をしよう。僕はリョウと同じ鳥を分身鳥に持つレオ・デュラン。ま、お前とは仲良くする気もないが」
先ほどまで小坂君に見せていた甘やかな雰囲気とはガラリと変わって不遜な態度。多分これが本当の姿だろう。
「フランスで、両性に目覚めさせたのか?」
「あぁ、気が付いたか? 少しは知っているようだな」
「小坂君の意思は?」
「リョウの意思など関係ない。リョウが僕との子をなすことは国家間での取り決めだ。勝手に番となったお前の方が失礼だろう」
「今は俺の話じゃない。小坂君のことを聞いている。見たところ、小坂君はお前を頼っている。体調不良が夏バテってことにしているところをみると、意識が無いときに目覚めさせたのか」
「それの何が悪い? リョウにとって性交と出産は義務だ。絶滅危惧種最高位の者は、そうやって国家の取引に使われる。ま、僕のように両性機能を持たないと免れるケースもあるけど」
こいつ、何を言っている? 嫌悪で強く睨んでしまう。
「教えようか? リョウはとても愛らしかったぞ。ビクビクと震える可愛い身体。寝ていても快感に声を上げていた。リョウの男子宮を刺激したときの感覚は忘れられないよ」
小さな声で囁かれて、右手の拳を握りしめた。
「おっと、殴らないでくれよ。こう見えて小型の絶滅危惧種だ。死んでしまったら国際問題になる」
あはは、と笑うレオが心から憎かった。
「小坂君には何も知らせないのか」
「良いんだよ。両性ホルモンが安定する頃には恋人になって、あの狭い中に僕が毎日でも種付けしているから。結果、僕との子をリョウが望んでいればいい」
怒りで腕が震えた。
「そうそう、僕は正式なリョウのパートナーとして君に言うよ。君とリョウを番わせる気は一切ない。気が向けば、僕とリョウのセックスを見せてあげてもいいけどね」
ははは、と笑うレオを殴らずに自室に戻った俺と俺の鳥は、本当に偉かったと思う。こんなの、小坂君が辛すぎるだろう。悔しくて悲しくてマットレスに拳を何度も叩きつけた。俺の鳥はバスタオルを引きちぎっている。ストレス行動だ。
深呼吸して、俺の鳥を抱き締める。小坂君を、絶対に守ろう。俺の鳥と誓いを立てた。
「おはよう。あれ、なに?」
宮下君に声をかけられる。
「小坂君のお世話役、らしい」
ため息交じりに返答する。
「え? 番の鳥はフジなんだろ?」
「もちろん」
返事をしながら、レオを睨んでしまう。
「なぁ、俺はあのレオと言う人、信用できないタイプだと思うよ。教室であんな風に悪目立ちして、小坂が困るかもしれないじゃないか。それを考えていないように見える。あまり小坂に近づけないほうが良い」
眉間に皺を寄せた宮下君から忠告。同意見だ。宮下君は勘がいい。
「分かっている。ありがとう」
今日から二学期。小坂君にはレオが張り付いている。レオにはフランス保護局の者が護衛についていて、二人の周辺だけ、浮いている。ホームルームが始まるまでべったり付き添っていた。授業が始まると、やっと小坂君が一人になる。少しほっそりした頬。顔色が良くない。
一時間目の途中。小坂君が小さく手を上げる。
「すみません。調子が悪いので、保健室に行きます」
青い顔。しんどそうに下を向く様子を見て、立ち上がっていた。
「俺が付き添います」
「そうか、じゃぁ頼む」
先生の許可を得る。すがるように俺を見る小坂君に胸がドキドキした。久しぶりに綺麗な黒い瞳に俺が映る。小坂君を横抱きに抱き上げると、おぉっと教室からざわめき。周囲の目線はどうでも良かった。俺が抱き上げている、この喜び。俺の肩のオウギワシが、小坂君の鳥を守るように羽で隠す。
廊下に出てすぐ。腕の中から小さな声。
「このまま、レオに見つからないように話が出来ない?」
ドキリとした。
「こっそり寮に向かったら問題になるかも。保健の先生には寮に行くこと伝える。俺の部屋でどう?」
コクリと頷く小坂君。早足で保健室に向かう。初日だからレオは職員室で業務の説明を受けているだろう。見つからないように、とにかく早く。
「結構早く来たけど、調子、どう?」
俺のベッドに寝かせる。
「うん。大丈夫。ちょっと話がしたかったんだ。レオが来ないうちに、早く話す」
青い顔のまま、自分の鳥を俺の鳥に託している。小坂君が俺の鳥を信頼している。その光景に見惚れた。喜びに心臓が鼓動を忘れそうだった。俺の机に二鳥が移動して語り合うような仕草。良かったね、心で語り掛ける。
「僕、おかしいんだ。これ、夏バテなんかじゃない。フランスに行ってから、変なんだ。だけど、レオや保護管理局の人は、疲れ、夏バテの一点張り。最近、レオの優しさが怖い。藤原君は、何か知っている?」
縋るような黒い瞳。俺は、この瞳に嘘をつきたくない。
「知らないで不安にいることと、真実を知って苦しむことと、どちらがいいと思う?」
小坂君に問う。俺の知っていることを伝えることは、負担になるかもしれない。
「教えて欲しい」
凛とした一言。望むなら話そう。そして守って行こう。
「俺の知っている事だけだよ」
黒い髪をゆっくり撫でた。伝えることに、心が痛む。
「絶滅危惧最高位の分身鳥を持つ者は、男性でも妊娠が出来るように、両性で生まれることが多いらしい」
僕を見ていた黒い瞳が、驚きを表す。
「男性なら身体の中に、小さな男子宮と言われる器官をもっている。妊娠を望まなければ男子宮は目覚めないまま、男性として生涯を終える。絶滅危惧種を保護したければ、男子宮と言われる器官を刺激して、両性として覚醒させるらしい。ただ、男性から妊娠できる両性に急激に変化させるから、ホルモンバランスの乱れで体調を崩すらしいんだ。かなり身体負担がかかるから、日本やアメリカでは成人後に意思確認をして行われる決まりがある」
驚きに染まっている瞳。
「え? なに? 両性? し、子宮? 僕が……?」
つぶやくように、声がこぼれている。
「混乱すると思うけど、落ち着いて聞いて。両性にするために、同性との性交で男子宮を刺激する必要がある。フランスで、その、性行為とか、覚えがないかな?」
「ええ? 性交? 僕が? 全然、してないよ! け、経験したこと、ないよ」
顔を赤らめて小さな声。ポロリと涙が流れている。混乱しているのだろう。そっと、黒髪の頭を撫でる。苦しいよね。
「意識があるときとは限らない」
はっとしたように、俺を見る。
「フランスで、毎日、いつの間にか寝入っていたんだ。気が付くと着替えもレオがしてくれていて……。まさか、そんな……、そんな……」
溢れる涙をタオルで拭う。そのままタオルを渡すと顔を覆って泣き出す。机の上ではオウギワシがオレンジの小鳥を羽で抱き込んでいる。
「僕は、どうなるの? 両性って、どうなるの?」
うつむいたまま、顔を上げない。不安に揺れる声に、胸が苦しくなる。今伝えないと、小坂君は知る機会がないだろう。
「男性の男子宮は直腸の奥にある。後ろを使って同性との性交をすると妊娠する可能性がある。両性ホルモンが安定するまで数か月から数年かかるらしい。その間は、体調を崩す。体調が悪い間に性交すると、妊娠しにくい身体になる。慰めにならないけど、今はレオが無茶をしてくることは無いと思う」
下を向いたままの小坂君。こんな時だけど、俺はどうしても言わなければいけないことがある。
「それから、小坂君の鳥のこと。怪我の事、ごめん。俺の鳥が、愛の衝動が抑えられなくて大変な事をした。本当にごめん。転校した日、小坂君を見て俺の番だとはっきり分かった。番への愛の衝動がこんなに大きいとは思っていなくて。これまでは、どんな感情もうまくコントロールできて、衝動行為をしない自信があった。俺の鳥は、衝動行為は一度もしたことが無かった」
無言で聞いている小坂君に、ゆっくり話しかける。
「俺と俺の鳥は、一生をかけて償う。番として結ばれなくてもいい。小坂君を生涯支えていく。どうか、傍にいることを許してほしい」
黒い瞳が、俺を見る。
「結ばれなくても、いいの?」
「いい。傍にいて、俺が尽くすだけでいい」
「うん。それなら、大丈夫」
ほっとした顔。今は性的な事が怖いのだろう。
「大丈夫だよ。俺は今後一切、小坂君に苦痛は与えない。俺の鳥と誓い合っている。小坂君にも同じことを誓う。性的なことが嫌ならしない」
「僕、もう何を信じていいか分からない……」
小坂君が下を見てつぶやく。そうだろう。俺と会ってから、怒涛のような出来事の連続。
「俺のせいでもある。ごめん」
ひとつ溜息をついて外を見る小坂君。その横顔の美しさに心がドキリと震えた。
ピンコロン、と独特の機械音がした。俺の部屋のチャイム。コンコンとドアを叩く音。
「失礼。リョウが来ているかな?」
レオの声がする。ビクリと顔を上げた小坂君が、俺を見る。
「大丈夫だよ。小坂君はどうしたい? 自分の部屋に行く?」
「今、戻りたくない。部屋にはレオがいつも入ってくる。今は、ちょっと怖い」
「わかった。待っていて」
廊下でレオと向き合う。
「リョウを返すんだ」
怖い顔で俺を睨んでいる。
「小坂君が自分で決めるのを待つべきだ」
「無理やり番の鳴声をあげさせた奴が言うなよ」
「それは、今関係ない」
「関係あるさ。リョウが追いつめられているのはお前のせいだろう? 責任逃れするなよ。偉そうに僕だけを悪者扱いするな」
だめだ。挑発に怒りがこみあげてくる。レオは俺を蹴落とそうと敵意を持っている。ならば、それに乗ってはいけない。レオの一歩上をいかなければ、小坂君は守れない。深呼吸して、気持ちを落ち着ける。肩の鳥が、ぐっと俺の肩を掴む。
「俺がしたことは、本当に申し訳なかったと思っています。小坂君が、落ち着いて過ごせるように、少し時間をください」
プライドの高いレオに、低姿勢で願う。
「へぇ。作戦変更か?」
黙って頭を下げる。
「ま、いいだろう。両性ホルモンの安定まではまだ時間がある。僕も慣れない日本で疲れてきていたから、一休みとしよう。いいか、リョウに手を出すな。それが守れなければリョウは縛り上げてでもフランスに連れていく」
「誓って性的な事はしない」
「いいだろう」
俺を正面から見ているレオは、満足そうな顔。大型猛禽類が自分に頭を下げる現実がレオのプライドを満たしたのだろう。小坂君のためなら、レオを優位に立たせるくらい何てことない。
「リョウ、休んでいるかな? 気持ちが落ち着いたらゆっくり話そう。僕はいつでも君の味方だよ。待っているからね」
先ほどまでとは打って変わって、甘やかな声でドアの向こうの小坂君に話しかけている。
「僕は一週間、近くの高級ホテルにでも行くよ。本当は、こんな狭くて不便な寮生活は向いていないんだ」
去り際にレオが俺にささやく。フランス保護局の護衛を常に三名連れている。悠々と去っていく姿を見つめた。
室内に戻ると、小坂君は寝ていた。明るい日の光の差す部屋に、綺麗な人形のような小坂君。一枚の静止画のよう。そっと近づいて、艶髪を撫でる。ゆっくり休むと良いよ。
「レオは?」
昼過ぎに目を覚ました小坂君が開口一番に問う。
「大丈夫。一週間、違うホテルに行くって。少し疲れもあるみたいだから」
明らかにほっとした様子。
「僕、部屋に戻る」
「ここに居たら? 俺は小坂君の邪魔にならないようにするよ? 何より、調子が悪いから手助けがあったほうがいい」
「布団とかどうするの? 僕がベッド使っていいの? すぐ眠くなるから、占領しちゃうと思う」
「俺は、簡易ベッド借りるよ」
「いいの? すっごいワガママ言うかもよ? 暴れるかもよ?」
「いいよ。全部大歓迎だ。むしろ、居て欲しい」
なにそれ、と軽く笑う。
「レオは本心が見えない優しさで怖いんだ。今、いろいろと受け入れることが多くて、正直辛い。逃げられない場所に追い込まれている気持ちだよ。藤原君には殺されそうになるし、性転換みたいなこと、されているし。普通に細々と生きて行くことは出来ないのかなぁ」
ほろりと流れる涙を見る。俺も小坂君の身体を不自由にした本人だ。レオだけを責めることはできない。綺麗な涙を、ただ見つめた。
「レオは一週間ほど寮を離れてリフレッシュしてくるって。本当にのんびりしていいよ。俺は小間使いでも、なんにでもなるから」
弱く笑いを溢す小坂君。
「僕、藤原君が憎くて大嫌いだった。それが、一番頼る人になるなんて。ほんと、分からないもんだね」
「分かってはいたけれど、嫌いとハッキリ言われると、心が割れる」
下を向いて泣きまねをすると、ははっと笑ってくれる。心が温まる。
ふと机を見ると、俺の鳥の頭の上に小坂君の鳥が居る。びっくりして、「ちょっと」と声をかけた。オウギワシの頭の上で、ツンと偉そうな顔をする小さな鳥。小坂君と目線を合わせて、笑った。この二鳥の力関係を見た気がした。力は強いであろうオウギワシが頭を低くして、アワアワしている。何か不満そうにオウギワシの頭をつつくタヒチヒタキ。
「小坂君の鳥は、何をしたいのかな」
「飛んで欲しいんだよ。久しぶりに空の風を感じたいんだ」
はっとした。オウギワシと同じ、困った顔になる。頭に乗せたまま飛んで、落とした時に小坂君の鳥は飛べない。落下して死ぬかもしれない。願いは叶えてあげられない。
「……ごめん」
下を向いて告げる。途端に、ぱこーん、と頭に衝撃。驚いて、小坂君を見る。後頭部を、タオルで叩かれていた。
「あー、すっきりした」
小坂君の一言。机の上の二鳥も、動きを止めてこちらを見ている。しばらくして、二鳥が羽をバサバサ動かす。二鳥して笑いまくっている。俺が叩かれて満足そうってどうなんだ? タイミングよく小坂君の腹がぐ~っと鳴る。俺も小坂君も笑って、昼食にしよう、と食堂に向かった。部屋で食べても良かったけれど、少し動きたいと言う小坂君の要望だ。笑って元気が出た、と。すごく嬉しかった。
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