第2話  藤原ルイ

 藤原ルイ

 俺の分身鳥は絶滅危惧種高位のオウギワシ。体長一メートルの猛禽類で最強。羽を広げれば二メートル。大きな身体で熱帯雨林の木々を避けて自由に飛行する。野生のオウギワシは、ジャングルのナマケモノやサルを捕食する。ナマケモノを掴んで飛行できるほど力がある。その握力は百キロ超え。爪は十センチあり、クマの爪より大きい。だから、衝動行為で人や分身鳥を傷つけないための管理がされる。大型鳥の衝動を抑える事。幼少期から厳しく教え込まれる。

 衝動行為での殺人事件もたくさん見せられた。世の中は俺たちに優位に動くけれど、傷つけた相手はどう思うか。どれだけの苦痛を、悲しみを残すか。法で守られることが全てではないこと。万が一事件を起こした場合、責任を持って相手に尽くすこと。徹底して叩き込まれる。その通りだと思ってきた。俺は自分の分身鳥がとても賢い事を知っている。絶対に自分以外のものは傷つけない、と俺の鳥と誓い合って生きてきた。利口なこいつが可愛くて誇らしかった。


 大型猛禽類の衝動行為は大きく二通りに分けられる。一つは怒りや飢餓感による抑えられない暴力衝動。もう一つが、番を見つけた時に、泣き声を出させたくなる愛の衝動。分身鳥は、生命の危機で必ず鳴く。大型猛禽類は本能で相手を鳴かせたい、とケガを負わせてしまうことがある。近年、暴力衝動は管理教育の成果で事件が激減している。愛の衝動行為による傷害事件は一定数発生している。愛の衝動行為に関しては、死亡事故まで行かないことが多い。しかし、自分が相手を強制的に鳴かせることが、どれだけの恐怖と負担を負わせるか。そのことが原因で一生結ばれなくなる番もいると教えられた。

 好きだと思った相手に、死を覚悟するほどの怪我を負わせて鳴かせるなんて、信じられないと俺の分身鳥と分かち合っていた。俺たちは、番の相手を見つけたら、宝物のように大切にして相手から好きだと言ってもらって鳴いてもらおう、と認識を共有していた。自制心の強い俺の鳥が頼もしかった。お前なら大丈夫だよ、衝動行為なんて無縁だよな、と語り掛ける。大きな身体をすり寄せて、当然さ、と伝えてくる俺の鳥が愛おしかった。


 毎年、日本には父と母の実家に帰っている。父の実家は資産家で総合商社を経営している。年に数回の帰国ができる裕福さはありがたかった。おかげで日本語も完璧にマスターできた。


 転校先は、日本の関東国立特別鳥高等学校。俺の場合、オウギワシの生息地がアメリカで、保護国もアメリカのため、絶対に問題を起こさないように、と説明を受けた。国際トラブルに発展することは避けたい、と。俺の鳥は利口ですと伝えていた。

 転校初日。初対面の印象が大切だ。俺の鳥にも、穏やかで理性的な所を見せような、と話し合っていた。鳥の習性で大きな鳥は怖がられやすい。初めての日本の学校。楽しみだった。


 教室に入った。後ろの席の綺麗な黒髪の少年と目が合った。肩に乗るオレンジの可愛い小鳥。心臓がドクリと不思議な音を出した。目の奥がキラキラ光り出すような感覚。見つけた、という確たる思いが駆け巡った。

 その一瞬だった。

 俺のオウギワシが、衝動行為に出ていた。高い綺麗な鳴き声が響いた。悲鳴を上げて、駆け寄った。ダメだ! 離れるんだ! 伝えても、興奮状態が続いている。オレンジの小鳥を、爪が貫いている。涙が流れた。倒れ込む美しい少年。目を見開いて、自分の鳥を助けようとしている。俺の鳥! お願いだ、俺の声を聞いて! 泣きながら必死で声をかけた。後ろから俺の鳥を抱き締めて、小鳥から離す。その時、初めて俺の鳥の声を聞いた。さっきの声よりちょっと低め。響く声。あぁ、お前も番の相手だってわかったんだね。でも、衝動行為はダメだ。涙を流して俺の鳥を抱き締めた。意識を無くして運ばれる少年と小鳥を、呆然と見送った。耳に光る金のピアスが二個。キラキラ光っていた。


 一週間、衝動行為について再教育。管理局の人間から、厳しく指導を受けた。教室にはいかず、個別指導。

 俺の鳥が襲ってしまった彼らは、生死の境にいる。悲しくて、苦しくて毎日様子を見に行った。集中治療室で窓越しに数分だけの面会。俺の鳥がうなだれて、死にそうなほどの後悔と悲しみを訴えていた。胸を張った堂々たるいつもの姿勢は消え失せ、頼りなげに大きな身体を俺に寄せている。大丈夫。お前の罪は俺の罪だよ。俺は一緒に罪を償うから、一緒に頑張ろう。俺の鳥に声をかければ、涙を流して遠慮がちに頬にすり寄ってきた。今は、生きてくれることを祈ろう。そう声をかけた。


 教室に戻ったとき、皆の非難の目線がすごかった。心が串刺しにされるような、苦しさ。迷わずに、皆の前で土下座した。これまで、衝動行為を全て押さえていた俺の鳥のことを話した。被害者の彼を見た時に、彼こそが番の鳥だと実感した思い、番への愛衝動がこれほどだと思わなかった後悔。正直に全て話した。もう二度と誰も傷つけない、と誓った。数日は、誰も話をしてくれなかった。それでも、掃除やクラスの事を積極的にこなした。俺から皆に声をかけた。俺の鳥は、申し訳なさそうにうなだれていた。その姿に、鼻がツーンと痛んだ。

 被害者の彼と小鳥が目を覚ました。すぐに病院に駆け付けた。だけど、病院のスタッフから、面会はダメだと言われた。本人がお見舞い品も全て拒否する、と。その場に立ち尽くした。心がぽっかり空洞になったような寂しさ。俺の鳥が頬にすり寄り、自分が涙を流していることに気が付いた。番の相手に拒否をされる辛さ。心が悲鳴を上げる。いや、この悲鳴は俺の鳥の思いも、だ。泣きながら寮に帰った。


 教室では少しずつ俺が受け入れられた。すごく優しいクラスの人たちだった。大型猛禽類の衝動について学習時間を作ってくれた。愛の衝動行為についても、しっかり認識を共有してくれた。暴力衝動とは違うことも分かってくれた。嬉しかった。非難されて仕方ない事をしたのに、受け入れてくれる皆に感謝した。

「俺たちも協力するから、まず小坂と分かり合いなよ。あと、生涯をかけて小坂を守って欲しい。小坂が、かわいそうだ」

「うん。必ず」

 宮下君の言葉が嬉しかった。温かさに包まれて、俺の鳥も徐々に落ち着きを取り戻した。いつもの堂々たる俺の鳥に戻っていった。


 七月に入っても、小坂 涼は退院しなかった。左上肢に後遺症が残ったと聞いた。俺の行為は大型猛禽類のため不問となった。小坂君に申し訳なかった。小坂君の鳥はタヒチヒタキ。左羽の付け根損傷が激しく、二度と空を飛べないと聞いた。俺の鳥が激しいショックを受けているのが分かった。分かるよ。俺も辛い。俺たちは、償いをしていこう。お互いに誓い合った。


 七月中旬。小坂 涼の退院が決まった。精神的に不安定、と報告を受けた。管理局の人に、全面的に俺がサポートすることを伝えた。分身鳥同士が鳴き合うと、鳥同士は番の相手と認識して惹かれ合う。今回のように強制的に鳴かせてしまっても、惹かれ合う相手になる。だからこそ、愛の衝動行為も無くならない。けれど、人は違う。まず、態度で誠意を見せなければ。小坂君が俺の謝罪を受け入れる気持ちになるように。大切にしよう。


 寮に帰ってくる日。会いたくて、寮の前でウロウロしていた。驚かせないように、俺のオウギワシは二階自室の窓から見るよう声をかけた。本当は近くで見たいよね。でも、どんな反応になるか確かめないと。説得するのも大変だったけど、分かってくれた。さすが俺の鳥。悲しい気持ちもわかるから。俺たちが誠意を見せていこう。そう伝える。すり寄る大きな鳥を、いい子だな、とたくさん撫でた。

 小坂君を乗せた車の到着。ドアを開けた小坂君。骨折したときのように、左腕を首から吊っている。小坂君の背中にも、共有痕と呼ばれる痣が出来ているらしい。共有痕は痛みも共有する。ほっそりとした姿を見て、分身鳥の垂れ下がった羽を見て、心がズキンと痛んだ。震えながら自分の鳥を隠す小坂君。ごめん。そうだよね。怖いよね。そっとその場から離れ、遠くから様子を見る。慎重に動いているけれど、左上肢が使えないのは不便そう。物にぶつかりそうになり、心がヒヤッとする。部屋までたどり着き、入室するまで見守った。

 俺の部屋では、どうだった? どうだった? と興奮気味のオウギワシ。俺の鳥を抱き締めて、償うしかないんだ、と伝えた。シュンとうなだれる大きな鳥を抱き締めた。


 それから、できるだけ小坂君の邪魔にならないように、刺激しないようにサポートした。俺の鳥は、小坂君の分身鳥を見つめる。隠されてしまっても、居るだろう場所を、じっと見ている。

 他の友達とは分かり合えた。けれど、一番分かり合いたい相手が、遠い。気持ちが届かない。謝る隙も、ない。能面のような表情で心を閉ざしている小坂君。痛々しくて、苦しくて、時々涙が溢れそうになる。そうすると俺の鳥がごめんね、とすり寄る。大丈夫だよ、と撫でさする。どんなに拒否されても、償うって決めたよね。いつか、小坂君と小鳥の綺麗な目が俺たちを見つめてくれることを願い、誠心誠意尽くし続ける。


 夏休み。ゆっくり一緒に過ごして、少し距離を縮めていきたい。そう思っていたのに。小坂君が、フランスに呼ばれた。

 ぞっとした。その意味を、きっと小坂君は知らされていない。成人するまでは、呼ばれないはず。鳴き声を交わした番の鳥が居る事が、知られたからだ。番の相手と結ばれれば、その後は番の相手の子しか産まない。

 絶滅危惧種最高位の者は、望まない妊娠を強要されることがある。男性でも、種の保存のため最高位の者は両性で生まれる。これは最高機密。本人にも成人するまで知らされない。そして、国同士の種の保存の取引に使われる。そのための保護管理でもある。俺も、番の相手となったため知らされた。性行為は絶対にいけないと釘を刺された。でも、取られたくない。譲りたくない。俺のだ。燃えるような思いが沸き立つ。俺の分身鳥も、頭の上の扇に例えられる飾りを奮い立たせていた。

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