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リオンとシドが宿屋に戻ると、辺境の村のことを聞いたのか女将さんがシドを気の毒そうに見る。
十二歳ではあるものの、どうやらシドは年齢より幼く見えるようだ。
リオンは女性陣とは別の部屋に荷物を置くと、備え付けの木の丸テーブルに先程買った地図を広げ、シドを呼ぶ。
「シド、ちょっと来てくれ」
「うん」
リオンに呼ばれたシドは、買ってもらったマントコートを脱いで壁のハンガーにかける。それからリオンのところへパタパタとした足取りで向かう。
「あ、さっき買った地図だ。えっとね、今いるのはここだよ」
任された仕事を思い出したシドは、自信満々に地図の一部分を指差す。
フーラシオ大陸と書かれた地図は大きな円だ。その中央にドーナツの穴のような黒く塗りつぶされた箇所があり、そこが辺境人の住めぬ「魔の森」だ。
そして、円を均等に四等分したように国があり、それぞれ「シュリグラ」「スページ」「ハルジオ」「イラード」と表記されている。
フーラシオ大陸は大きな四つの国によって治められているのだ。
ちなみにシュリグラとハルジオは魔の森が障害となり国境が接していないため、魔の森を抜けるか、スページかイラードを通り抜けなければ今いるシュリグラからはたどり着けない。
そしてシドが指さしたのは、シュリグラ王国のグリクラ領ゼリジアだった。ここから南東に向かうと王都近くの街、最初の目的地であるビジがある。
距離的にゼリジアから徒歩で一週間といったところだ。
「あれ?リオンさん、もしかして本当に地図を見たことなかったの?」
「ああ、そうだな。古地図を使ってハルジオを少し旅したことはあったが、シュリグラまでは魔の森を案内ありで移動したから、現代地図が必要なかったんだ」
「魔の森を移動って、リオンさんしかできないルートじゃん」
地図を真剣に読み込む姿に、もしかしてと、シドが不思議そうに問いかけるとリオンは頷く。返ってきた返答にシドは呆れたような視線を向けた。
しかもハルジオから魔の森を通ってシュリグラに入国したということは立派な密入国である。
「そもそも違う世界から来たからな。俺に文字や言葉を教えてくれた人も少々古めかしい知識の人だったから」
「違う世界?そんなものがあるの?ねぇねぇ、旅をしながらリオンさんの故郷のこと教えてくれる?」
目を輝かせ、興味津々といった様子で強請るシドにリオンは「もちろん」と頷く。村ではわざわざ話してこなかったことは多いけれど、勇者であることを明かした今、リオンはシドに質問されればなんでも答えるつもりでいる。
「リオンさん、シド。お話する時間ある?」
コンコンコンとドアがノックされてからイヴが問いかけてきた。リオンはそれに「大丈夫だ」と返答する。
シドが部屋のドアを開いて、訪ねてきたリリスとイヴを室内へ案内した。
「女将さんに話を聞けたから共有しようと思って」
二人が入ったことを確認したリオンは、念のために窓枠を椅子にして背中を窓に向けて座る。これならば外からは絶対に見えないだろう。
「どんな話が聞けたの?」
「ええっとね、女狩りはここ一週間で落ち着いてはいるみたい。そもそもね、この国の勇者が女を要求してるのって妻が沢山いるイラードの勇者に、子どもが大勢いるからなんだって。最低十人、だったかな」
シドの質問にイヴが答える。
女狩りの要求の裏に、まさか隣国の勇者の子供の数が関係しているという事実にリオンは目を丸くした。
「イラードはうちの国よりさらに身分制度が厳しいものね」
リリスが頬に手を添えて困ったように微笑んだ。
南のイラード王国は奴隷も多く衛生環境もあまり良くない。さらには王族の気分で簡単に処刑が決まるような厳しい身分制度の国だ。リオンも初めてその国のことを聞いたとき「絶対に住みたくない」と思ったほどである。
「勇者の子」というのまで政治に利用しようとしていることに気が付き、リオンは眉間に寄った深いシワをグリグリと揉んで溜め息をついた。
「もしや、どの国も勇者がいることに問題があるのか」
吐き出すような言葉に、リリスとイヴは顔を見合わせたあと確認するように声をかけた。
「リオンさんって、髪は黒いけど、やっぱり勇者ですよね。聖剣も持ってるし」
「ああ。俺が名乗り出ないだけで、こんなことになるとは思っていなかったんだ」
リオンは疲れ切ったような声でイヴの問いかけを肯定した。
そもそも、プレゼントされたバンダナを大切なあまり、毎日身につけていることで占い師が「緑の長髪」と判断するのはリオンにだって予想できないことだった。
「あの、リオンさんって多分、魔王との戦いで奥さんを亡くしたんですよね!辛くて悲しかったリオンさんが隠居するのは別に悪くないと思います!」
「そうです!勝手に勇者を名乗る人間と、名乗らせる国が悪いですよ!」
リリスとイヴは、わざわざ自分たちを送り届けてくれる親切なリオンを励ますような言葉を口にする。
それを受けたリオンは「ありがとう」と複雑そうな表情で頷いた。
「それで、女狩りにあった人たちは王都に連行されて、勇者に気に入られたら勇者の屋敷に軟禁されて、そうでない人は一応開放されるらしいんですけど、その兵士に暴行される人も多いって」
イヴが悲しそうに声を震わせると、リリスがその背をさすって励ます。
行いの全てが治安を悪い方向に導いているような気しかしなくてリオンは顔を手で覆う。
「やり方が、なんというか雑だな」
「この国の王族だもん。勇者を擁立したのも、子どもを作らせようとするのも「周囲がしていたから自分たちの国もそうした」が、正しそうじゃない?」
リオンの感想に、政治の話を聞きかじることが趣味だったシドは指を立てて有識者のようにコメントする。
身も蓋もない発言だったがリリスとイヴまでもが「そうかも」という反応をしているため、リオンはここで「シュリグラ王国の王族はもしかしたら適当なところがあるのかもしれない」と、この国に対する理解を深めた。
「シド、俺は一度王都に行って勇者を名乗るが、もしかしたら国に追われることになるかもしれない」
「分かってる。でも、リオンさんが逆に偽物扱いされそうだね」
リオンが旅に出てしたいことは分かっていたのか、シドはどうやったら偽物扱いされないのか悩むように黙り込んでしまう。
シドを魔王にしないことも大切だが、村が襲われて多くの犠牲者が出たこと、さらに幾つかの街でこうした女狩りの悲劇が生まれていることをリオンは知ってしまった。その原因になっている偽物の勇者を、勇者が何かを理解せずに利用する者たちをリオンは許せそうにない。
「大丈夫!」
打開策を探している空気を吹き飛ばすように、イヴは元気よく「早くビジに行こう」と告げた。
イヴいわく姉妹の母の実家は、勇者の擁立に反対していた騎士団長とコネがあるとのことだ。ビジに行って騎士団長経由で話を通せば少しは上手くいくかもしれないと伝える。
「そうか、それは希望が持てるな」
「私、リオンさんのおかげでイヴが盗賊に連れ去られなかったことに、本当に感謝しています。コネだろうとなんだろうと、リオンさんの力になりますから」
リリスは胸の前で手を組むと、花が咲いたかのように美しい笑みを浮かべた。
そんな姉に妹がとろとろになって「アタシもお姉ちゃんが連れ去られなくて良かったって感謝してます」とリリスに抱きつきながらリオンに感謝を告げた。
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